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『看護師という生き方』

ホンとの本

『看護師という生き方』
宮子あずさ
ちくまプリマー新書201
\780+
2013.9.

 ちくまプリマー新書というのは、中高生辺りをターゲットとしたものと見てよいだろう。岩波ジュニア新書に匹敵するものだ。そこで、「まえがき」で開口一番、「この本は、これから看護師になりたいと思う人のために書きました」と宣言していると言える。
 著者については、看護師歴を長くもった後、看護学の博士号ももつ人らしく、多くの人気の著書を執筆しているということが、紹介から分かってくる。また、どういうわけか、通信講座を用いて、短大と大学や大学院を複数卒業しているという不思議な経歴をもっているようだが、その件については、本書の中でじっくり説明がなされている。
 看護師とはこういう世界だ、ということを知らせる役割をもつ本だと思えたが、それにしてはタイトルが「生き方」となっている。必ずしも看護技術をテーマ
にするものではないのかしら、とも思えたが、開いて読み進むと、びっくりした。  最初の章で、看護師の職務の現場で起こった、驚異的な事件が次々と紹介されるのだ。もちろん、プライバシーは配慮されていると見てよいだろうが、カタカナでそれらしい仮名にして実在感を与えた後、心肺蘇生の現場で「ズラ」が顰蹙となる事件や、金のことを最期まで気にしていた患者の話、それから空き缶の中にうんこをする認知症の患者のことなど、スキャンダラスな話題が目白押しである。医者の兄弟の財産争いや、全裸でナースコールしてきた話など、だんだん読んでいて苦しくなるようなエピソードが次々と飛び出してくる。特に「ズラ」にはおかしみを感じるのか、何度もその話題が繰り返されたし、こうした事件が「すげ〜〜〜〜」と幾度も示されるというのは、品位に欠けるようにしか感じられなかった。
 そう、これは看護師を目指す、恐らくは高校生辺りを中核とした若者のための本である。看護師とはどんな仕事かな、と期待していた真っ直ぐな心に、「ズラ」だの「すげ〜〜〜〜」だのが居並ぶと、これは心が折れそうになる人がいてもおかしくないのではないだろうか。
 若者向けだから、笑える話からまず入った、という著者の意図か、あるいは編集者の作戦なのか分からないが、これは私はよくないと思う。仕事柄、将来看護師になりたいという中学生を励ますことがあるが、作文を書かせてみても、とてもピュアな気持ちである。その中に、生活収入や金儲けのことを話題にするような生徒は一人もいない。
 本書は、第二部で、看護師になろうと思った自分のことが明かされている。体験談として、正直に書かれているとは思うが、そこには、人の命を第一とするピュアなものは感じられなかった。給料や収入のことばかり気にしている心が、明らかに表に出ていたし、これは第三部の中で書かれていたが、通信課程の学習歴には、経営や法学、教育学から美大といったものが見事に並んでいた。そもそも、第二部の扉を開けた瞬間、「稼ぐ女になりたい。その一心で看護師を目指しました」というタイトルが目に入る。看護師を志望する中学生に案内をする立場としては、これは私に言わせればありえない入口である。
 もちろん、綺麗事を言おうとしているわけではない。生活は大切である。医師や薬剤師に比べると、看護師という道は、たいそうな学費はかからないと見えるし、それ相応の報酬はあると見てよいだろう。また、そのような考え方の人がいても、それに文句をつけるつもりはない。人様々である。天使のような動機で看護師になる人だけが看護師なのではない。できなければならない。現実は、ちゃんと仕事ができなければならないのであって、感情だけがあっても、仕事ができなければそれはプロではない。
 だが、やはり思うのだが、稼ぎたいの一心、で人の命の現場に向かうというのは、少なくともティーンエイジャーへの餞とは違うのではないだろうか。
 その自分の体験談でも、下手をすると命に関わるような失敗談を蕩々と繰り返したり、キンタマと叫ぶ患者の逸話をギャグめいた口調で展開したり、著者だけがハイテンションになっている様子が、痛々しくも見えた。
 但し、後半は、看護医療に携わる者としての心構えのようなものが、なかったわけではない。しかし、私の感想から言えば、それは一定の技能をもち、いろいろな患者や事例の経験があってから、なるほどと振り返って感じ取るようなことではあっても、いまだ医療技術を知らず自分にはできるだろうかと不安さえ懐くであろう未経験の高校生に言って聞かせるような教訓ではない。たとえば塾で教えるということはどういうことかと訊かれたとき、未経験の若い人に話すであろうようなことは、そんな裏話でもなければ、面白おかしい事例でもない。まず教えるというのはどういうことかとか、教えるのに向いている性格はこうだとか、その辺りから入るだろうし、そのために勉強はどんなことでもとても大切だ、というような点ではないかと思うのだ。それの看護師バージョンを期待するのは、筋が違うだろうか。
 結局、最後まで、看護技術や人の生死の厳粛さ、あるいは病気が治った人の喜びなど、もっと看護師のいる世界の中央にある景色が様々あるだろう、と思うようなことは、殆どなかった。あったのは、奇妙な患者の逸話が中心で、それに対するベテラン看護師のどこか達観した見方があるくらいであった。
 それは私が看護の仕事を知らないからだ、と著者は冷たくあしらうかもしれない。門外漢が、看護師の苦労も知らないくせに、偉そうなことを言うな、と。確かにその通りだ。私は看護師ではない。だが、看護師の夫を何十年か営んでいる。もちろん患者の秘匿的な情報を聞き出すようなことはしないが、おおまかな内実は了解しているし、民間の医院として業者との関係や政策や保険制度の問題、救急搬送の事例、さらに著者がこの本を書いた時点では経験していない、パンデミックの現場などを垣間見ている。稼ぎたい一心では、現場は務まらない。
 本書の最後で著者は、准看護師制度の実態や、看護師になるまでにいろいろなコースがあることを、丁寧に紹介している。これは実用的で、案内としてはよいものだと思った。それもただこういうのがある、ということではなく、いずれ准看護師制度は縮小してなくなってゆくのではないかとか、選択は尊重するが、可能ならば大学というコースはお薦めできるとか、そうした意見が書かれてあるのは、悪いことではないと考える。私も、その意見そのものには同意したい。しかし、それはまた大人目線だからそう思えるのかもしれず、高校生がここを読んで適切に受け止めるか、それとも変なところに目が行って迷うことになるか、それは未知数である。
 この「付録」として置かれている、「看護師になるまでのケーススタディ」、ここだけは、うまく読めるならばまあ役立つかもしれない。それが私の結論である。




Takapan
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