本

『マナーはいらない 小説の書きかた講座』

ホンとの本

『マナーはいらない 小説の書きかた講座』
三浦しをん
集英社
\1600+
2020.11.

 どこかで、小説を書こうという人にはとても良い本だ、と聞いた。書いたこともあるが、巧くはない。これから書こうという計画もない。だが、自分の頭の中にあることを表現する、という意味では、小説でもエッセイでも同じである。ひとの心に届け、という思いや願いがある中で言葉を綴るということと、小説での表現とが、無関係であるはずがない。小説を書く人が、小説を書くとはどういうことなのか、を語る文章には、いつも興味をもつ。
 さて、本書は、「WebマガジンCobalt」で連載されていたもので、若干それに加えてはいるものの、概ねそこで書いたものを単行本化したものである。元々は「小説を書くためのプチアドバイス」という題の読み物だったらしい。
 著者は、そのマガジンに関係していて、「コバルト短篇小説新人賞」の選考をしている。そこで、応募された作品に目を通すなかで、こうしたらどうかな、などと思わされる刺激を受けたのだろうと思う。
 この新人賞は、原稿用紙25〜30枚と、非常に短い。選考者の負担も比較的軽いだろうし、さあ書こうという人も、短いなかで書きやすい面があるかもしれない。尤も、短編こそ実に難しいというのが本当のところだとも私は思うし、そう仰る小説家も多い。短いから簡単だ、ということはないのだ。だが、力量を見るのにも確かにこの短さは、審査がしやすいだろう。
 全体の形式を、食事のコースになぞらえるところから、楽しませてくれる。また、元々Webの場であるということもあり、著者のはじけた調子が、独り語りのギャグのてんこ盛りとなっており、今どきの若い人にはぴったりであるのかもしれないと思う。その意味で、世の中をそれなりに経験してきたおじさんとしては、少しばかり鼻につくところがないわけではない。そこまで脱線しなくてもよいのではないか、と茶々を入れたくなるときもあった。だが、だからこそ本音というか、心の底から思っていることを吐露しているのだ、という捉え方もあることは分かった。
 参考書のように項目が分かるように書かれているわけではない。ただ、要点はそのタイトル部分でそれぞれは明確である。たとえば最初から「推敲について」であるが、ものの順番からすれば明らかに間違っている。しかし、書くということの心構えとしては、これほど態度を改めねばならないことはない。推敲のできない作家は、用なしとされるのだ。
 その後「短編の構成について」と、新人賞を意識した形でのアドバイスもあれば、「人称について」という、文学理論からすれば絶対に避けて通れない「視点」の問題を、明るく綴る。このとき、型どおりの理論的な説明をしているのではない。著者の体験的な、等身大の言葉によって、読者に語りかけるように投げかけられていると思う。
 「一行アキについて」や「比喩表現について」など、恐らく誰もが思うような相談点には、さほど衒うようなことは書いていないと思うのだが、私は驚いた。一行どころか、二行、三行と空ける応募作もあるのだという。プロの作家は、それはしないだろう。だが、SNSの投稿では、確かに、それはある。小説を書いてみよう、というとき、ふだんのその使い方が、自然によいもののように出てくるということなのだろうか。
 その意味で、文章を綴る機会が比較的広くある現状で、応募者の文章力は、それなりに上がってきているような気がする、と著者は漏らしている。だが、自由な発想がどれほどあるか、というと、けっこう応募作は真面目なのだという。終わりの方での「お題について」のところで、新人賞で一度だけ実験的に、応募テーマを決めて募集したことがあった、という話がある。お題は「しまもよう」とした。すると、全員が「縞」を盛り込んできた、というのだ。私は、それが自分に与えられたような気持ちで考えた一瞬で、「島」で考えた。島の人の織りなす関係か、海と人とのつながりのようなもので自分なら書く、と思った。なぜなら、いかにも「縞」と思わせるようでありながら、お題はひらがななのである。その含みを考えれば、「縞模様」で書く理由は何もない、と私なら思うわけだ。結果、著者がその最後に嘆いていた。なぜ「島模様」で書く人が一人も応募してこなかったのか、と。本当に、いなかったようなのだ。私などは、「島模様」でもまだ平凡だと考え、「島も洋」とでもしようか、などとまで考えていたというのに。関西人なら、そこを捻るはずである。
 もちろん、小説は、このように書かねばならない、というきまりはない。だから、結局はお好きなように、という言い方を著者はよくしていた。しかし、おふざけが過ぎるような書きぶりもある中で、スパッと切れ味のよい語りをするときには、確かに的確なことを伝えていたように思う。それも、文学理論を武器にすることなく、極めて体験的なレベルで、人の心に届くようなアドバイスがたくさん並んでいたように思う。
 どこかに、世の中にすばらしい文章読本のようなものがある、と触れていたように思うが、具体的に何がお薦めだということは書いていなかった。ぱらぱらと見て、気に入ったものがあったら読めばいい、という、自由奔放な姿勢がそこでも貫かれていた。そのような軽さでよいと私は確かに思うのだが、できれば、世の中に定番の文章教室のようなものを、参考文献に挙げてくれたら、次の一歩を進めたい人には朗報だったのではないだろうか、とも思った。但し、本書のようなあっけらかんとした調子で語り通す本においては、参考文献を挙げた時点で、料理と一緒に胃腸薬を呑ませるようなもので、場にそぐわないというのは、本当だろうとも思った。
 真面目くさった人には適さないかもしれないが、気軽に読める読み物として、本書はきっと役立つことであろう。真面目だからこそ、「縞模様」の発想しかなかった応募者たちのことを思うと、読者は、本書のどこをどう崩して読みこなすか、そこが肝要ではないか、とも思われるのであるが。




Takapan
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