本

『ノラネコの研究』

ホンとの本

『ノラネコの研究』
伊澤雅子文・平出衛絵
福音館書店
\1165+
1991.10.

 2月22日の猫の日に、福音館書店が宣伝していた。表紙のハチワレの顔が、なかなかいい。福岡には、西南学院大学に、猫の研究家がいる。著者は福岡の人で、九大出身。本書の紹介にはもちろんまだ載っていないのだが、これを読んだ2023年時点で、北九州のいのちのたび博物館の館長をなさっているではないか。最近は行けていないが、ずいぶんとお世話になった施設である。「ヤマネコ博士」という名もついているというが、哺乳類、とくにネコ科についての研究で業績を挙げている。
 絵本なのだろうか。研究書なのだろうか。小学生が読めるように配慮してあるが、大人が見ても、少しもレベルが低いとは感じない。驚かされることばかりである。  学者たる本人が登場する。猫たちを調べるということについての、ひとつの方補だけを取り上げた。それは、町にいるノラネコの一匹だけに注目し、その一日を追いかけることである。猫のほうは気づいていないのかどうか、それは定かではないが、気づかれないように尾行を続ける。見失うことがあったが、間もなくまた見つけ、無事に一日の尾行を遂行する。
 ただ読んでいるだけでもドキドキハラハラするし、食事を気にして行動する尾行者にも、なんだか親しみが湧く。とてもリアルな追いかけっこなのである。つまりは、これは本当のレポートなのだろうと思われる。もちろん、その本書の楽しさをここですべて明らかにするわけにはゆかない。どうかお手に取って戴きたい。面白いのである。学ばされるのである。
 フィールドワークとはこうやっているのだ、ということを、小学生に分かるように教えてくれる本は、珍しいのではないか。小学生は、具体的に教えてもらうことを好む。というより、具体的でないと、理解できない。如何に抽象的なまとめができていようと、彼らはこのようなひとつの探検物語があれば、それでよいのだ。否、それがよいのだ。
 朝から夜中まで一匹の猫を追う。正確には、寝た猫を見守りながら安心して寝落ちしてしまい、翌朝またその猫を確認するという、24時間の追跡である。このことだけでも、もう子どもたちはわくわくしてしまうだろう。私も、わくわくしたのだから。
 最後に、その一日の猫の動きを、町の地図の中に落としている。かなり行動範囲は広い。私は地域猫のいる公園に頻繁に通っているが、猫たちはあまり広範囲には動かない。それぞれのテリトリーを守っているように見える。つまりは、他の領域に行くと、必ずそこにいる猫との争いが起こるからだろう。中には、ちょいと遠出をする子もいる。また、様々な理由で、多少別の領域に移動するような子もいる。例えば、いじめられた経験のある子は、そのいじめっ子のいる場所から離れようとする。そこでまた別の猫と争うのは困るが、具合のいいことに、誰とも争わないで済むような場所を、見つけることもあるのだ。こうして、猫たちの地図は変わる。
 本書の良いところは、適切な説明がしてあることだ、猫どうしがなるべく顔を合わさないように努力していることや、とにかく目を合わせることを避けるという性質なども、小学生たちに分かるようにうまく説明してある。また、その動きが細かくイラストで表現されているのが、実に分かりやすい。こういうのは、写真よりもイラストのほうがいい。特徴をはっきり見せることで、見る者は見るべきポイントを知ることができる。
 ともかく、このちょっとした解説が、子どもにまた「へぇ」という思いを強く抱かせるものであろう。それてよいと思う。もちろん、猫にはまだまだ他にも、子どもたちに教えたい性質がある。しかしそれを効果的に絞るのも、著作の業である。「たくさんのふしぎ」という、福音館の小学生のための雑誌があるが、それの「傑作集」として送り出されたこの本は、その絞り方において、絶妙な業を発揮していると思う。
 もしかすると、猫は子どもが苦手である、という点についても、知らせることは可能だったことだろうが、さすがにそれはできなかった。子ども夢を壊すようなことになりかねないからだ。いつか大きくなって、そのことを知ることになるだろうが、子どもたちがそっと猫を見守ることができるように、本書の追跡者なる著者は、猫に手を出さないばかりか、猫に声のひとつもかけない。それが、きっと猫への接し方のお手本として描かれているであろうことが、さて、伝わるであろうか。
 とにかく、博物館長先生、この本、ナイスです。




Takapan
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