『のびやかな育ちを支える』
井桁容子
NPOブックスタート
\700+
2024.5.
いわゆる「ブックレット」のスタイルをとる。50頁余りだが、大切なことが適切に伝わるように綴られ、また可愛い子供の写真も沢山掲載されていて、説明された様子がよく分かる。
シリーズとしては、「子ども・社会を考えるシリーズ」とされ、「講演録」だと記されている。2017年9月の講演内容であるそうだ。テーマは「のびやかな育ち」であるが、本書は「ブックスタート」を動機としている。そして副題として「0・1・2歳児保育の現場から」と付けられているので、これで本書の内容はすべて要点が触れられていることになる。
強いて言えば、本書の主軸は「ブックスタート」である。幼い時に、絵本体験をさせようという試みであり、半分以上の自治体で、0歳児に於ける健診のときなどに、絵本をプレゼントしているという。
かくいう我が家では、長男が無認可だが保育園に預けられていたことがあったが、そこを一歳で退所するときに、『いないいないばあ』をプレゼントしてもらった。これが、親としての私の、絵本との出会いでもあった。子どもにとり絵本がどんなに大切なものであるか、よく分かったし、そこから絵本生活が始まった。その絵本はいまもここにあるが、子どもは本好きになり、小学校の卒業式のとき、いちばん多く図書室の本を借りたということで、表彰されたのであった。
テーマの「のびやかさ」については、最初から提示され、それを大切にするのだ、ということを本書の中心にすることが宣言されるが、これこれである、という明確な定義がなされているわけではないように見える。恐らく、この一冊全体を使って、それを伝えようとしているのではないか、という気がする。ただ、「のびやかさは、子どもが本来思っていることを、自然に表現できることが保障されないと育ちません」(p9)というところに、そのきっかけが見られるように思われる。ここでは、「「のびやかにしなさい」と言ったときにのびのびとして、「じっとしなさい」と言ったときにじっとしているのでは、のびやかとは言わないのです」(p9)ということも書かれてあるのが印象的である。
家政大学に勤めているうちに接した学生の気質の中にも、この「のびやかさ」の欠けていることを見出していたであろう著者は、子どもたちがのびのびと自分の力を表に出すこと、自分を表現すること、それができる世の中を夢見ている。学生の中にも、共にこの自己表現に携わって、初めて自分の意見が言えた、と感動していたような例もあるという。
テストや受験は大切である。だが、それはいわば「正解」を求めさせることである。正解がある問題が与えられ、唯一の正解を得たら勝ち、というルールのゲームである。しかし、人生で出会う「問題」は、そのような問題ではない。すでに正解が用意されていて、選ぶようなことではないわけだ。だが普通のテストや受験は、そのタイプの問題ばかりである。そこにあるのは、「のびやかさ」とは対極的なものではないだろうか。
では、子どもに対して、具体的に何をすればよいのだろうか。それを話すことが、著者の真骨頂である。ここから「のびやか」な子どもたちの写真と、その説明が増えてくる。本をただ引っ張り出すばかりの子でもいい。バケツを頭に被る子も楽しい。私も思わず、「何やってるんだ〜」と大笑いするような写真もあった。
この「のびやかに」育つ子どものためには、親、特に母親の理解が欠かせない。「うちの子だけ」云々と悩む母親は少なくない。だが、成果主義に毒されてはならない。能力の個人差を生かす社会であってよいのだし、親もその構えでいてよいはずなのである。絵本を使って、どのように読んでゆくか、どのようなことを許して触れていってよいのか、具体的に、様々な例を明らかにしてゆく。
特に「みんなと一緒にできる子」(p33)が、協調性のある人にならない、という指摘は強く響く。「自我の育ちが弱く共感性も持てないから」という断定は、強すぎるような気もするが、それくらい叫ばなければ、聴講者には伝わらないかもしれない。「みんなで足並みを揃える」教育は、「子どもたちの意欲を育ち損ねた」のではないか、と問いかけてくるのは、著者の実践の裏打ちによって、いま確かなこととして響いてくる。
現代では、従来の成果主義に加えて、AIが力を発揮する社会になりつつある。しかし、正にAIこそ、成果主義を実現するものであって、「人間らしさとしての「心の育ち」が大事」なのだ、と聴者は主張する。そのためには、人とつながっているという安心感を確信を得ることができる。そのことを「アタッチメント」という概念で示すが、それはただくっついていることをいうのではないという。だっこされて安心して、それから降りて、大人から離れて自由にしたい探索ができるというのが、アタッチメントの満足であるのだ。そうした安心や安定を得た心理に於いてこそ、のびやかな想像力も育まれるのだという。
また、「イヤイヤ」現象は、親が手を焼くひとつの大きな壁であるが、それについて具体例を挙げ、それはそもそも大人の都合でしたいことについて、子どもが自分の意志を示したことではないのか、と視点をずらした指摘をする。親が望むとおりに子どもを動かしたい、しかし子どもはそれに応じない、そこに「イヤイヤ」が出てくるのだ、という説明は、言ってしまえばまったくその通りであるはずだ。「子どもの不快感に対するデリカシーがない」(p42)大人の姿を自覚した方がよいのである。
一つひとつ追いかけてゆくと、まだまだ沢山ご紹介しなければならないが、いろいろ表現を替えながら、だが一筋通ったものを辿りながら、講演は終わりに向かう。「自分の弱さを受け止めること」、その上で「自分の思いを表現できるようになること」。その根柢には、「信頼感」が必要なのであり、「共感」する心があることも重要である。
そしてこの講演を聞くのは、子どもではなく、大人である。だから、「子どもと一緒に、大人ものびやかに成長したいですね」(p52)と話して結びに至る。
一度目を通した後、読み返して、自分の足跡をしっかりと刻んでみたいブックレットであった。

た
か
ぱ
ん
ワ
イ
ド