本

『日本の中絶』

ホンとの本

『日本の中絶』
塚原久美
ちくま新書1677
\900+
2022.8.

 ショッキングなタイトルである。しかし、目を逸らしてはならない。おおまかな方向性でいくと、日本での中絶の現状が間違っており、改善すべきだ、ということになるだろう。その方向でなければ、私はこのテーマでは本を読みたくない。特に教会の中で、中絶を一刀両断に断罪する者がいることに、幾度も憤りを感じてきたからである。それを言うのは、私の経験上では、男である。だから、憤るのである。聖書では「殺すな」とあるから、それは殺人である、と言ってそれで終わりである。それが正義だと思っている。そんな馬鹿なことがあるだろうか。「殺すな」との十戒を受けたイスラエルの人々は、情け容赦なく原住民を殺戮するのである。それも神の祝福付きで。それよりも、人に「馬鹿」と言うことで、すでに殺すことになるのだ、と言ったイエスのことを思い出して戴きたい。断罪した男たちには、両目かあったし、手足もあった。きっと、罪をひとつも犯したことがないのだろう。そう皮肉を言いたくなるほどに、私は憤ったのである。
 さて、目次を終えて「はじめに」という文章が始まるが、この冒頭の1行で、まず頭を殴られる。敢えてここには記さない。私はこの1行で、本書を信頼して読み始めた。文学作品に、よく印象的な冒頭があるが、新書の1行目としては、私は本書を忘れることがないだろう。
 本章は、「なぜ中絶はタブー視されるのか」から始まる。従来の法律を丁寧に洗い、たんなる思い込みで無責任に判断を下す私たち一般人とは違い、歴史の過程を分かりやすく見せてくれる。水子供養がいかに最近のことでしかないか、また現行法律のどこに問題があるのかなどを指摘するが、こちらについては、後にまだ追及される。
 ところどころ「補論」があるのが、また魅力である。本文の中では煩瑣になる事柄について、一定量を使って論ずるのである。本論の流れを辿るにはやや支流に外れるために、そうするようである。しかも通常の「注」では入らないくらいの、本格的な解説である。著者の主張そのものというよりは、詳しい解説と見たほうがよいだろう。
 続いて「日本の中絶医療」では、日本の実態がまざまざと示される。「中絶とはどういう経験か」は、女性の立場からどう感じるものだろうかという視野を紹介してくれる。「完全な中絶」は、客観的に世界の標準を掲げて、私たちを驚かせてくれる。中絶薬の現状を適切に伝えてくれていると感じる。
 それから「性と生殖の権利」は、世界的な議論を教えてくれ、最後に「これからの中絶」ということで、著者のひとつの提言を、非常に具体的に示してくれる。これはかなり現実的な提案ではないかと思う。
 痛々しくて、とても読めないと思う方もいらっしゃるだろうが、当事者としての女性の方も、きっと読むことができるだろう、と思いたい。ただ、その心の傷については、本書がケアできるものではないかもしれない。グリーフケアという考えも始まっている。しかし、その役割を担うのが、教会だと私は思うのだ。教会が、そしてその男たちが、暴言を吐いて、まさに人を殺すような考えをぶちまけているようなところは、もはや教会でも何でもないと言ってよいだろう。現に、そのような教会のひとつは、ひとを生かすような説教が全くなくなってしまい、いまや墓場のようになっている。
 しかし政治的に、社会的に、女性を助けるための方策としては、教会は直接的にはできない。だから、本書を私は宣伝したい。政治的な奇妙な実態を、私たちはもっと知るべきだったのである。




Takapan
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