本

『日本語をみがく小辞典』

ホンとの本

『日本語をみがく小辞典』
森田良行
角川ソフィア文庫
\1560+
2019.9.

 古い講談社現代新書に「日本語をみがく小辞典」が、「名詞篇」「動詞篇」「形容詞・副詞編」と3冊出版されていた。最後が1989年であるが、これらを合本としたものがこれである。文庫サイズになり、さすがに分厚くなったため、索引なしで640頁を超える。
 しかし、時代を経て古びた印象はない。それでも30年を経れば、さらに語感が変わっていることは間違いない。そう言えばいまは聞かないなあという言葉も、通用しているような書き方のところがないわけではない。が、概ね今に近いだろうと私は感じる。「今は言わなくなったが」のような美しい言い回しは、今も同様である。
 私は幸い、古い言葉に接する機会があり、またそれらを美しいと思うところから、自ら使うこもとよくあるし、副詞を漢字を使って書くなども若い頃からけっこうやっていた。それで、使われなくなった語も多くは分かるのだが、それでも、時折全く使わない、知らない言葉に出合うことがあった。やはりいろいろな言葉の先生には、レクチャーを受けるべきだとつくづく感じた。
 言葉の使用例として、たとえば和歌から引いてくることがある。著者は、実に有名な和歌や詩を使う。衒うようなことなく、誰もが知るような例を挙げて、そこにその言葉が使われているのがこの意味だ、というふうに語るので、好感がもてるし、説得力がある。文学作品からも引用が多く、村上春樹まで登場するなど、非常に楽しく読むことができた。
 また、日本語の特徴を、エッセイ的に述べることが多い。学的根拠があって語るというのではなく、個人の感想であるが、「何と日本語には他者のマイナス点を取り立てる形容詞が多いことだろう」(p527)のように、教えてくれるのがけっこう楽しい。もちろん、それに見合う語の例が十分並べられた上でのことだから、読む側としては「たしかに」と肯くしかないのだ。
 また、語の由来も折に触れてよく紹介されるので、なるほど、と思うことしきりである。それも、さりげなく読み物の一部として語るので、味気ない辞書を読むようなことはさらさらない。本当に、全編が、言葉に関するエッセイなのだ。実に魅力的な文章だと思うし、これはやはり筆者の業なのだと思う。日本語に関心がある方は、最後まで楽しく読めるだろうと思う。
 幾度も繰り返すが、言葉の意味を説明するのではなく、その使い方や背景を読ませてくれるので、言葉本来の泳ぐ水域で泳がせているかのようで、生き生きとした言葉遣いを観察することができるように思われる。時折、そのエッセイ調が、暴走気味になることがあるが、ご愛敬だろう。楽しませてもらえたら、それでよい。しかも、言葉についてたくさん教えてもらえる。正しい意味も学ぶことになるし、微妙なニュアンスも会得できる。言葉は、ひとの思考を支配する。ことばが豊かであるということは、思考が豊かであるということだ。守銭奴になり金銭を愛することは人格を歪めることがあるが、言葉が豊かになっても、そうそう歪むものではないだろう。
 私は一日10〜20頁あたりを読むことをひたすら続けた。読み始めて、ちょうど40日で読み終わっている。早く読んでしまいたい欲望と、この生活が終わってしまうことへの寂寥とのバランスに悩みつつ、いまは読み終えて満足のほか何もない。また開きたい。言葉を楽しく教えてくれるというのは、何とありがたいことなのだろう。間違いなく、みがかれる。「艱難汝を玉にす」というほど艱難はなく、楽しみばかりで、みがかれた思いだ。玉にまでなったようには思えないけれども。




Takapan
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