本

『日本語の大疑問』

ホンとの本

『日本語の大疑問』
国立国語研究所編
幻冬舎新書635
\920+
2021.11.

 国語も教えることがあるし、どの科目を教えようと、言葉に対する関心は減じるわけにはゆかない。そもそも私は好きである。何かと気になればその瞬間に国語辞典を開くという生活をずっと続けてきた。古書店では国語辞典が100円+税で売られていることがしばしばあり、すぐに購入してしまうため、我が家には国語辞典が何冊あるか知れない。職場にも数冊置いている。
 そんなわけで、国語についての関心は強い。だから、どうかするとウェブサイトに於いて、言葉についての疑問や説明があると、見入ってしまう。だから、この国立国語研究所の質問コーナーについても、すでに知っていた。だが、それがこうして本になっているというのは知らなかった。
 副題に、「眠れなくなるほど面白い/ことばの世界」とあるが、これはまあ宣伝文句であろう。できれば、「はじめに」に何か説明があるとよかったのだが、本書はいきなり内容から始まっていて、「おわりに」に総括した解説が施されている。できれば読者は、最後にある「おわりに」から読むとよいだろう。これらが正解というものではないということ、誰がどのように執筆しているかについてのあらまし、そもそもこの国立国語研究所とは何かということなどが、きちんと示されている。また、国語といっておきながら、他国語との関連や、手話に於ける事情なども考慮されてできていることが記されている。
 さて、本編は、どこからどのように読んでもよいとされているが、一応並べられているので、普通の読者は順番通りに読むことであろう。章立てがなされているので、まずは「どうも気になる最近の日本語」と題されたところから垣間見ると、「やばみ」などの「み」について、「あのー」の多い人が実は話し下手と決めつけられないこと、「役割語」なるものについて、日本発祥の「絵文字」について、「略語」のことなどが鏤められている。
 次章は「敬語と接客ことばの謎」として、店員のことばについての具体的な質問もあれば、「いらっしゃいませ」は、もう来ているのにそもそも意味がおかしいのではないか、といった点にも触れられる。配慮を欠いた表現の具体的な相談や、敬語使用のルールは文化圏によって異なることなどが挙げられている。
 さらに「世界のことばと日本のことば」では、海外のキラキラネーム、日本語はそもそも難しいのか、といった話題から始まっている。実は日本語は、話すためにはまだ容易な部類に入るのだそうである。「futon」は海外では布団というよりはソファであるなど面白い。手話は世界共通かという質問には、さすがに私は答えられるし、別のことも詳しく話せるだろうが、こうした点もちゃんと「日本語の疑問」に数えられているのがうれしい。世界の親族名称については、たいへん面白い話題が詳しく書かれていて興味深かった。
 次は「迷う日本語」と題して、「これ」「それ」が必ずしも教科書通りの距離を示すものではないことと、その理由から始まっていた。心理的な距離や、話し手と聞き手の共有知識を「あれ」が示すことなど、肯けるものが多い。「それから」そして」「それで」の違いや、「思う」と「考える」の違いも面白い。後者については、私もよく意識している。「可能性」は「高い」のか「大きい」のか、というのは、実は理科の解答で問題になるケースである。量が「多い」のか「大きい」のか、模範解答が一様でない場合があるのである。
 この後、「外来語」の章があり、「シミュレーション」と「シュミレーション」との問題などが説明されている。そして「歴史で読み解く日本語のフシギ」として、元号に実は法則があるということには驚いた。明治時代に犬を「カメ」と読んでいたのは、どこかで聞いたことがあるような気がするが、改めて面白いと思った。「ポチ」などの訳も興味深かった。また、「当用漢字」の意味も、いままで十分には知っていなかった。さしあたりの漢字と見なされていたのだ。
 これで日本語への疑問がすべて網羅されているなどとはもちろん言えないが、こうしたきっかけは、話しのタネにもなるし、次のステージへのステップにもなる。ちょくちょく類書が出ているが、本書は複数のメンバーによる、丁寧に考えられた信頼の置ける一冊ではなかっただろうか。言葉への関心は、いくらもっていてもよいように思う。




Takapan
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