本

『ねこはすごい』

ホンとの本

『ねこはすごい』
山根明弘
朝日文庫
\680+
2022.2.

 地域猫活動にささやかながら協力している以上、このようなタイトルの本を覗いてみたくなるのは必定である。古書店で見つけたときは、内容を見ることができるので、パラパラとめくり、ハッとした。以前、西南学院大学博物館で猫の展示会があったときに、福岡県新宮町の相島で猫の研究をしている人がいることを知ったのだが、その人が著者であった。これはもう買うしかない。
 2016年の新書を文庫化したものであるらしいから、読んだ時点でも十分新しい。そしてその相島にも私は何度か足を運んでいる。猫が港から奥にも、たくさんいるのである。
 ただ猫が可愛いということを言うのではない。猫の科学を教えるばかりではない。もちろんこれらも言うのであるが、それだけではないということだ。
 まずは「ねこはつよい」という章の名のもとに、猫の動物としての強さについて説明されていく。狩りの能力と身体能力について、実にうまく語ってくれるので、きっとどなたにも伝わるような書き方がなされているに違いないと思う。猫の母親と父親の役割についても、なんとなく心得ていたのではあるけれども、改めて教えられることが多かった。
 次は、猫の感覚力について。暗闇で如何にものが見えているか、しかし通例近距離であっても、視力の点では覚束ないことも、教えてもらえる。その嗅覚は犬には及ばないけれども、かなり優れていることは私は知っていた。もちろん、聴力の鋭さについては、当然理解している。公園で猫の名を呼ぶと、顔を出すからである。こちらの姿を見て判断している面もあろうかと思うが、基本的には声である。知っている者の声はちゃんと聞き分けている。また、どんなに小さな音であれ、背後から危険な可能性のある音が聞こえると、すっ飛んでしまう。その他味覚触覚についても、よく分かるように説明されている。
 猫には癒やす力があること、従って年配の方も、自分が先に死んだら、というような心配については必要以上に思わず、猫と暮らすとよい、という心強いアドバイスもくれていた。それでも飼うのが難しければ、ねこカフェを利用する手もある、というくらいである。私は、地域猫の場所にどうぞおいでになれば、と強く推したい。
 ねこ文化が、日本に根強いということを、歴史的な背景にも触れつつ本書は告げる。世界的な歴史にも触れるが、より私たちの身近なところに結びつけるために、日本に特化した形で、さらりと語られているのだが、これだけのことをどんなに多くの文献や資料で調べたか、時間をかけてこのように簡潔にまとめたか、ということが見えるような気がして、ありがたいと思った。
 そして最後に、人とねことの共存社会について考える章が用意されていた。猫を飼うこと、いわゆる「殺処分」という、私にとって実に胸くそ悪い言葉が示すことについて、理性的に、そして誰にも関わりうるのだと言っていた。ちょっとした興味本位で餌をやることが、「殺処分」される猫を生み出すということは、恐らく誰も気がつかないことなのだろうと思う。自分の行動が招く結果について、人は無責任だと言われても仕方がないのである。
 地域猫保護の活動は、いわゆる「さくら猫」という、不妊手術を施した猫の耳にさくらの花弁形のカットをした猫を対象とするのが基本である。だが私は、それは猫にとり幸福なことなのだろうか、という疑念がどこか消えなかった。人間に対してそのようなことをした時代があった。特に、障害者に対しては当たり前のようにそれがなされ続けてきていたのである。それはいまや、人権を奪った蛮行として糾弾されるような時代となった。ところが、猫に対しては、それをするのが猫のためだ、という正義を掲げているわけである。いったい、それでよいのだろうか。この点について、著者もまたその疑問をぶつけていた。ただ、それでは不妊手術をしないのがよいのかというと、それは殺処分の大部分を占める子猫の数を、さらに増大させることになるのであるとして、現状ではそれしかすることがないのだ、と暫定的な倫理を提示しているのであった。これが別の形で進展するようであってほしい、という願いが著者の言葉にあったが、私も、次善策としてそれに同調するしかないと、いまは考えている。
 相島の猫は。漁師が処分に困る魚の部分を猫が消費することで、共存社会が一部成り立っているのだという。しかし島では、人も猫も数が減少傾向にあるという。ひとつの良い関係ができている島だったが、今後どうなるのかは分からない。このように、福岡における猫の活動や地元で運動している方々のことも、時折触れてあるので、私にとっては親しみやすい。そして地域猫活動の内容もいくらかでも知っているために、ここで言われていることもよく分かる。猫も人も、逞しく生きていくことを願うばかりだ。よい関係が続けばよいと思う。
 猫の生態や能力、文化や歴史、治癒力と社会性にまで、現場を訪ね歩いた人ならではの、現実に根ざした愛情に満ちた本である。読者は広い視野で、いま一度猫を見ることができるようになることだろう。
 読みながら最後のほうで私は涙を流しながら読み終えていった。まことに本書『ねこはすごい』は、すごい。そう宣伝したいと思う。




Takapan
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