本

『猫の楽園』

ホンとの本

『猫の楽園』
ゾラ
平岡敦訳・ヨシタケシンスケ絵
理論社
\1300+
2018.4.

 カフカのこのシリーズに味を占めて、また借りてしまった。ヨシタケシンスケのイラストが表紙で目立つ。猫が大の字だよ。裏はまるで幽体離脱。
 理論社が世に問うた「ショートセレクション」のシリーズは、少し小さなサイズで持ち運びにもよいし、ハードカバーで十分丈夫だ。そしてこの表紙のイラストの、引き込むこと、引き込むこと。
 さて、ゾラとくれば、『居酒屋』『ナナ』といった作品が心に浮かぶ人も多いだろう。私は本書を読んで、ぜひこれらを読みたいと思うようになった。  登場人物に、かなり共感できるからだ。
 ともすれば、その人物像がよそよそしい作品というのは、確かにある。ただ私の読解力が足りないということだけではないと思う。ゾラの作品は、感情移入しやすかった。翻訳の良さもあるだろうが、それよりもなお、表象していることが生々しく伝わってくるかどうか、というところが大きいと思う。
 七つの短編が収められている。「アンジェリーヌ」は、殺人にまつわるものだが、描写は比較的淡々としており、血生臭いものを感じない。だが、それを通して関係者の精神が破綻していく様は、それもまた淡々と書かれているにも関わらず、私たちの想像力をかき立てる。露骨に描くだけが描写ではないのだ。それが最もよく現れているのが「恋愛結婚」である。いやあ、恐ろしい。
 「オリヴィエ・ベカイユの死」がまた奇妙である。ぼくの独り語りだが、死んだとみんな言っているのに、ぼくは意識がある。周りを見ているし、考えている。火葬ではなく、土に埋める形での葬り方ではあるが、そこからもがき、ついに体が動いて地上に復帰する。だが、果たして私たちのこの人生は、ほんとうに生きていると言えるのかどうか。問い詰められるような苦しさを味わった。また、死へ向けてのカウントダウンのようなものも、痛々しく感じられた。
 「血」も有名であるらしい。旧約聖書の記事とどうしても重なるものを覚えたが、「訳者あとがき」によると、やはりそういうことである模様だ。これは映画化したら大変なことになるだろう。読者の想像力の世界に浸っておけばよいだろう。事実、19世紀を生きたゾラが、そういうものを想定していないのはもちろんである。言葉による想像の力を、十分に知っていたといわざるをえない。私たち現代人に、なくなってしまったものであるかもしれない。
 わざと外したが、中央にあったのが、タイトルにもなっている、「猫の楽園」である。テーマは分かりやすく、猫自身がちゃんと言っている。ストーリーも、童話といってよいくらい、単純である。だが、叔母が遺した猫が、暖炉の前で昔話を始めた、というスタートは、いったい何だったんだろう。聞いている私は人間であるようだ。最後の1行からそう判断しなければなるまい。だが、猫が昔話を聞かせるとは、どういうことなのか。ここで引っかかりをもつと、話に入れない。私はスッと入らせてもらったために、物語を愉しんだ。きっと、それでよかったのだろうと思う。
 ゾラを読みたくなった、と先に言った。こう思わせるということは、本書の出版が成功だった、ということの証拠であるのではないか。読み終わったその日、早速『居酒屋』を注文したのだから。




Takapan
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