本

『願いながら、祈りながら』

ホンとの本

『願いながら、祈りながら』
乾ルカ
徳間文庫
\650+
2016.12.

 実は、中学入試問題で出会った。小学生にも読み取れる感情の揺れや、何かしらの決め手となる言葉。分かりやすいと言えば分かりやすい。しかし、決して陳腐ではない。伏線の置き方や、言葉を出してくるタイミング、また心象風景の描き方、どれをとっても爽やかである。難解ではないし、ありきたりでもない。ちょうどよいバランスなのだと思う。
 作者の故郷である北海道の風土をよく生かした設定である。分校しかない中学校が舞台で、そこには五人の中学生がいる。そこへ赴任してきた、林先生から物語が始まる。ここには七つの物語が配置され、五人の生徒、そして最初と最後がこの林先生という構成になっている。非常に落ち着いた並びだ。
 それぞれの生徒の視点で章は描かれ、それぞれの個性や考え方が思い切り描かれる。この描き分けができるだけでも、なかなかの力量であると言えるだろう。先に私は『森に願いを』を読んでいたのだが、それも、一人の森番を軸に、各章で別の人々が森番と出会って癒やされてゆく物語が置かれていた。その意味では、この本の物語も、構成としては類似点があると言えるだろう。
 小説であるから、筋道をすべて明らかにするわけにはゆかないが、その魅力はお伝えしたい。この林先生、こんな分校になど来たくはなかった。恋人に去られ、裏切られた傷を癒やせないままに赴任した。生徒数は少ない。やる気が出るほうがおかしい。しかし、3年生のその女子は、そういう林先生の考えをちゃんと見抜いている。  こうした心理描写の点でも、本作品は一定以上のレベルがある。これが村上春樹ならば、ある意味でどうでもいい生活行動の細々としたところを描き続けるのであろうが、乾ルカだとそういうことはしない。しかし会話が豊かであり、会話の中でそれぞれの心理がぶつかり、また結び合う。きびきびとした展開が心地よい。
 一つひとつの物語が、文庫本で40頁程である。私にとっては、乗換え電車のひとつでだいたい読み終える。電車の中では複数の本を読むので、1日に1章ずつ読むのがよいと思う。読み急いで、あれもこれもと読み進むよりは、立ち止まりつつ、その日はその一人につきあったほうがよいと思うのだ。
 1年生はまだ幼いところがあるが、それぞれに個性が豊かである。自分を特別だと勘違いした女子。いやいや、でもそれは、誰にでもありがちなものだ。読者として傍から見ているために、客観的に評するかもしれないが、これは私たちの人生の中で、普通にあることではないかと思う。
 何かと嘘をつく男子。周囲も、あいつは嘘ばかり言うと気づき始める。ただ、悪意のある嘘ではない。相手を喜ばせるために、つい嘘をついてしまうのだ。このキャラクターは、随所で顔を出しており、恰もトリックスターのような役割を果たす存在となっていると思っていたが、後にこの生徒を物語の中心に置く回になったとき、なんとも切ない気持ちにさせられるのだった。
 そして入試問題にあった場面は、神童と騒がれた男子生徒である。とにかく頭がいい。そして、医者になりたいと思っている。生まれも育ちもこの田舎だが、そこにいる町医者に憧れているのだ。小学校のときから、全国模試でトップの成績を輝かせていたため、地元ではちょっとした有名人だったのだ。だが、都会のような塾もない。こんな環境では自分の力が伸ばせない、と不満を懐いていた。
 彼には親友がいる。村長の孫だといい、体が大きい。この生徒は、そのエリート意識の親友の悩みに正面から立ち向かい、そして見事な視点で解決する。これは凡そ中学生らしくない、とも思えるほど、私にとっては驚きだった。問題のための文章は、その場面から引かれていた。もちろん、切り取られた場面だけからでも解答はできるのだが、一部想像でしか分からなかったことが、この小説を全部見ると、よく分かることに気づく。当たり前だが、入試問題の場面の背後に、かの場面を存分に理解させるものが鏤めてあるものなのだ。
 全体の物語は、3年生の卒業を以て閉じられる。さて、林先生はどうなるのだろう。どこまでも爽やかな気持ちにさせてくれる本である。心に温かいものが欲しいとき、これはなかなか優れた処方箋となることだろう。




Takapan
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