本

『なぜか聴きたくなる人の話し方』

ホンとの本

『なぜか聴きたくなる人の話し方』
秀島史香
朝日新聞出版
\1400+
2022.5.

 天下の秀島史香さんである。天性の声をもっていると思うのは、私だけではないはず。声質がもちろん、尋常ではないのだが、その語り方や内容もまたマッチして、たまらない魅力を漂わせてくれる。
 けれども、DJを始めたときには、話し方については初心者でもあったわけで、いろいろな失敗や、教えられたことが、ここに明かされてもいる。だが、身の上話をしようというのではない。どんな話し方をすると、思わず聴いてしまうのだろうか、それをテーマに、魅力ある話し方を、体験的に話してくれる場なのである。
 全部で33の項目に分かれ、ちょっとしたテーマ毎に、5つの章に分かれている。だが、どこから読んでもよいように思う。何か、思い当たること、ハッとさせられることがあるような気がする。
 著者は、ラジオを舞台として活躍する人である。本書にも書かれてあるが、ラジオでの話し方と、テレビでの話し方とは、やはりだいぶ違うようだ。私の理解だと、テレビでは舞台のような語りが好ましいが、ラジオでは、そばで本音に迫る心を通わせるようなパーソナルな交流の中で話しているような感じなのだろう。通販番組では、テレビだとこちらへ直接迫るような話し方をするが、ラジオだと、スタジオ内のパーソナリティに向けて勧める話し方をのがよいのだそうだ。これは、ラジオショッピングコーナーで、よく分かる知恵である。
 それは本書では小さなことだ。ただ、パーソナルな場面での会話というのが、やはり本書が想定している「聴く」情況であるのだろう、とは思う。
 話し始めの一分、それは「短く」だ、という辺りから始まる。そう、ねちねちと長い文で説明されても、相手は聞いていられないのだ。まずは手際よく、結論から言う、という説明の基本があるが、説明でなくても、まずは認知しやすい、短いフレーズから、相手にボールを投げるべきなのだ。よく分かる。
 概して、言われたら「あーねー」と言いたくなるようなことばかりなのではあるが、だからと言って、私たちがそれを日頃意識しているとは思えない。改めてこのように目の前に提示してもらうことには、大きな意味がある。
 人々に向けての話だと、「みなさん」よりは「あなた」であるべきだ、というアドバイスがあった。「みなさん」には、自分は含まれないが、「あなた」だと自分に向けられているようになるだろう、というのである。礼拝説教は、やはり後者であるべきだということが、よく分かった。
 小手先のテクニックを教えているのではない。やはり基本は、相手へのリスペクトであろう。また、自分という人間、ちょっと気取って言うと「人格」磨くのが筋だというものだ。しかし、そんなことを言っても抽象的に過ぎない。だから何をどうすればよいのか、分からない。著者の優れたところは、こうした理屈を、すべて実例や具体的な情況の中で伝えてしまうことである。これはさすが、無数の人を相手にトークやインタビューを繰り返してきた人だけのことはある。その豊かな経験が、ほんの一握りのものとしてさえこうして明らかにされたとき、ずっと重みのあるものとして、ずっと拡がりのあるものとして、読む者に伝わってくるのである。
 出会って、いろいろ貴重なことを教えてもらえた人が、続けて挙げられている項目がある。高田純次さんにみる、気遣い。相手を第一に考えている姿勢が、どの人にも溢れている。確かにそうでなければならない、と思う。続けて、執筆当時にお薦めしたい本が10冊紹介される。私の知る本は殆どなかったが、それぞれ短い制限の中にありながら、その本の魅力は十分伝わってくる。人と対話をするのを生業とするということは、本に対しても、この一瞬の出会い、というような気持ちで、本の大切なところを、素早く見抜き、またそれを他の人に伝えることができる、というものであるように感じた。
 きっと、この人が魅力的であるからこそ、相手も、よいことを返事できるのだろう。だんだんとそんな気がしてくるのだった。とすれば、「聴きたくなる人」と秀島史香さんが指す、その相手ではなくて、この秀島史香さん自身が、「話したくなる人」としてそこにいる、ということが、心開く会話を構成している原理ではないだろうか。やはり要は、「ひと」としてのあり方が、心を通わせる最大の要因であるような気がしてくる。
 もちろん、紹介されたテクニックやコツというものが、役に立たないはずがない。ただ、そうした業も、人としての生き方や考え方、やさしさや思いやりといった性格があってこそ、有効になるのではないだろうか。そんなことを言うと、本書は役に立たなかったのですか、と著者にお叱りを受けそうであるが、もちろんそんなことはない。表紙も地味で、中にはイラストひとつついていない、文字だけの本であるが、だからこそ、じっくり聴くことの大切さを、物語っているのだと思える。そこに心があるならば、きっと聴くことができる。また、聴いてもらえることができる。人とその心というものは、なんともステキなものである。




Takapan
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