本

『直江兼続』

ホンとの本

『直江兼続』
小西聖一著・牧田廣美絵
理論社
\1260
2009.3

 NHKの大河ドラマというのは、あまり話題にならない時にはならないが、なるときには非常になる。2008年の篤姫は大きな社会現象のようにさえ言われた。年配の方々を中心に、人々はこのドラマにぞっこん入っていった。役者や脚本など、原因はいろいろあるかもしれないが、これに続くのが直江兼続。スタートは悪くないように見えるが、果たしてどうであろうか。
 このブームを見越してなのか知れないが、子ども向けに、直江兼続を紹介する本がここに現れた。「新・ものがたり日本 歴史の事件簿」シリーズだという。まさにその大河ドラマの本をも参考文献に掲げているくらいであるから、そのあたりの事情は隠そうとしてはいないようだ。
 この直江兼続、上杉家の家臣としての地位を保ち続けるが、その知将ぶりは、まさに上杉のブレインとして先頭に立ち続けた。とくにこの本では、直江状と呼ばれる、天下を動かした一通の手紙をメインに据え、まずその書状の内容と経緯から物語が始まるように工夫してある。読者に関心を抱かせるに十分な配慮である。
 もちろん、これは小学生で読めるような本であり、読み仮名も豊富である。しかし、いくらか語彙が易しいとはいえ、内容的に手を抜いている観はない。いや、手を抜けないのだ。易しく解説し、小中学生に理解できるように綴るということは、実はたいへん難しい技である。気を張って書いているのであろうから、文章に無駄もなく、難解な部分もない。逆に、読者はその叙述が一読で分かるというわけである。いつも言うことだが、こういう楽しい本を、子どもだけのものにしておくのはもったいない。大人がもっと呼んで、教養としていくべきである。
 歴史的に解説が必要な場合は、頁下に注釈が加えられている。だが、それを理解しようにも、一定の歴史への理解は必要であろうと思われる。最初に、主な登場人物には説明が加えられているが、そこそこの歴史理解はあったほうがよいであろう。だからこそ、大人が読むのにちょうどよい、とも言えるのである。
 資料として遺されている手紙の中には、後世の創作によるものがあるらしい。歴史の叙述は、時にそのように現代の観点から、文献批判をすることがある。そのように、物語の途中に現代が紛れ込むという、幼い読者にはけっこう分かりにくい、酷な構成が施されている。その意味でも、大人が読めばばっちりだと感じたのだ。
 テーマは、「愛と義」。まるで聖書の話のようであるが、もちろんここには聖書は関係がない。しかし九州の大名などには、キリシタン大名も幾人もいるし、関西にも高山右近のような武将がいた。この本の中では、主君に仕える約束を守り通すのも義であろうが、自らの家臣たちを守ることを第一として背信の非難を甘んじて受けようとするのも義であろう、と考えられている。日本人の義の概念にも、ゆらぎがあったというのは、ある意味で驚きである。それだから歴史は面白い。全く私たちの目から解釈することもできるし、私たち自身がどういう態度をとって生きていけばよいのか、考える指針にもなりうるのである。
 上杉謙信から徳川家康までこのように描かれると、次はまた別の武将の視点から、この時代を見つめてみたいものだという気にもなってくる。そんな具合だから、この戦国時代の歴史は、多くのファンの心を掴んでいるのだろう。




Takapan
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