本

『わたしの忘れ物』

ホンとの本

『わたしの忘れ物』
乾ルカ
創元推理文庫
\780+
2021.4.

 気づいていなかった。この本は、「創元推理文庫」だったのだ。読み終えて、初めて気づいた。だが、それでよかったのではないか、とも思った。これを、読む前から「ミステリー」だと位置づけて読むことがなかったのだ。私は、心理劇の物語だとずっと思って読んでいたのだ。確かに、謎解きめいた運びが目立っていた。だが、それよりも登場人物の心理の動きに、目を奪われていたのだ。
 H大学生の恵麻は、ふらりと入った学生課で、ユウキという女性職員に呼び止められ、無理矢理アルバイトを紹介される。短期のアルバイトでよいのだという。どうして、と戸惑う恵麻だったが、ついに押し切られて、「トゥッティ」という駅一帯に広がる施設の、「忘れ物センター」の事務補助を始めることになる。
 この異様な過程にかなりの手間をかけているが、物語はこの第1話においても、「妻の忘れ物」と称し、忘れ物センターを訪ねた女性が探す「靴べら」の行方を追うことになる。
 乾ルカは、短編の連作が得意であるようだ。否、それが持ち味だ、と言った方がよいであろうか。私が出会ったのは、国語の教材に用いられていた『願いながら、祈りながら』であった。これも、分校の中学生と教師それぞれを主人公とする、短い話が連なり、連なることによって、ひとつの世界を創り上げたものである。『森に願いを』も読んだが、短編連作であった。本書もまた、妻、兄、家族、友、彼女、そして私という6つの「忘れ物」が、このセンターの中で現れては、いろいろな人物が登場する形をとっている。
 小説は、ここでは粗筋をご紹介する決まりとしている。恵麻を取り巻く、センターの水樹と橋野の二人の存在とそのキャラクターが、またいい。それぞれに、また変なところがある。が、仕事にかけてはもちろん信頼がおける。そうして、妙な忘れ物について、推理を働かせるのだ。
 確かに、そういう意味では、これは「推理文庫」に違いなかった。しかし、殺人事件と探偵といったありがちなものとは違う。また、超常現象や人間の狂気を扱うサスペンスやミステリーと呼ぶのもおかしい。極めて日常の出来事であり、誰もが見過ごすようななにげないことなのだ。ただ、「忘れ物」という鍵だけがそこにある。
 そういえば「〈小市民〉シリーズ」というのが人気で、テレビアニメにもなった。但し、ここには高校生とはいえ、どろどろしたものや、なんだか悪魔的とも思えるような要素がないわけではない。ともかくそこにあるのは、ささやかではあるにしても、何らかの「事件」なのである。
 しかし、本書においては、どこにも「事件」と呼べるようなものはない。あるのは、人情のなせる業ばかりである。人の心を前提とすれば、どれも当たり前に起きていることだとも言えるのだが、いざそれが「忘れ物」という形で物体がそこに現れた場合、どのようにしてそれがいまここにあるのか、ということを帰納的に判断するのは、普通はできないことであろう。それを言い当てるというのが楽しみのクイズでも、もちろんない。
 本書の「解説」で若林踏氏も言っていたが、やはり「彼女の忘れ物」が鮮烈である。学校の制服が忘れ物として届けられたのだが、女子の制服であった。それを引き受けに来たのが男子学生であったことから、それは渡せない、とでもいうふうにして、彼はまた出直してくる。そこで今度は女生徒を伴って引き取りに来るが、そこは推理で、あなたのではない、と指摘すると退散してしまう。さて、真相は如何に。
 最後の「私の忘れ物」という章では、短いアルバイト期間を終えるにあたり、当の恵麻自身の忘れ物に気づかされる。これも「解説」にあった指摘だが、この最終章があってこそ、全体がひとつにまとまって落ち着くのを私も感じた。それまでは、一つひとつの物語は、それぞれに味わいがあるのは確かだが、まだ部品的な意味合いが強く、落着きどころは感じられなかった。しかし、それぞれの伏線とまでは言えないかもしれないが、それぞれの物語が醸し出していた何かが、ひとつの糸のもとに引き寄せられてゆく印象を、読者に与えるに違いなかった。それは、最初のアルバイトへの強引な誘いの謎の解明でもあった。
 読後感が爽やかなのがいい。辛い思いを読者に与えない。そして、スッと抜けるような解放感を与えてくれる。しかも、読み進める段階では、極めて分かりやすい描写や説明が続くのだ。気持ちよくなる読書、というのは奇妙な言い方かもしれないが、心のためには、これが実にいい。癖になるので、本書を読み終えたその日に、これと関連のあると「解説」にあった、『メグル』を、注文したのであった。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります