本

『ぼくの死体をよろしくたのむ』

ホンとの本

『ぼくの死体をよろしくたのむ』
川上弘美
小学館
\1500+
2017.3.

 文学にのめりこむのは難しいが、少しずつ手を拡げる楽しみをもつようにしている。以前から気になっていた作家の作品を手にとってみよう、という具合である。異世界を描くことで人気と実力のある作家のもので、できれば少し読みやすいものは、と考えていたら、短編集だというので、図書館に行ってみた。
 短い18のお話がある。それぞれが異なる傾向にあり、一概にこの本はどうだということはできないだろう。人により好ましいものと、意味が分からないとするものが混在しているのではないか。評判も人さまざまである。だが、どの短編も血湧き肉躍るというふうにはいかないのが当然であって、長編であればそのキャラクターや設定の魅力に惚れ込んだら、最後まで楽しめるのであろうが、短編は雑誌の記事のように、それぞれの味わいや感想をもつものであろう。
 しかし女性作家の視点というものには、いつも驚かされる。私が男だから、とてもそのような視点はもちえない、と感じるから、楽しみなのだ。
 いきなり筋肉に恋をするという最初の「鍵」。だが特に盛り上がりがあるわけでなく、淡々と出会いと別れが描かれる。概してこの人の作品は、時の流れが急であり、いきなり十年二十年が過ぎてしまうことも珍しくない。その途中はどうだったのか、ということも知りたいが、そこを読者が埋めるというのが正しい読み方なのだろう。
 死んだはずの人と出会う話や、かなりの変人とのつきあいなども満載で、退屈しない。まさにいろいろな世界を垣間見せてくれるというところだろう。奇妙な性癖をもつ主人公の視点に自分を合わせて読んでいくにつれ、自分もまた考えてみれば変な考えをもっているな、と気づかされたりもする。「バタフライ・エフェクト」がそうだが、アニメ映画のほうの「君の名は。」のようなすれちがいが描かれていても、アニメと違い結局出会うことがないというような尻切れトンボのような結末もあり、だから何だ、と欲求不満になりそうだが、それが人生というものなのかもしれない。私たちは自分で気づかない異世界を背後にもっているのかもしれないと思わされる。それは本当に自ら気づくことすらないわけだ。だから何がどうと認識することはできないのだが、何かがある、背後に別のストーリーがある、という変な予感のようなものも思わせる魅力、そこがよいのかもしれない。
 全体のタイトルにもなった「ぼくの死体をよろしくたのむ」も、他の作品のように「死」の臭いを十分全体に漂わせながらも、ここに出てくる黒河内瑠莉香という作家との対話は、まるでその特徴のある名前、しかも本名だというが、黒河内瑠莉香という表示を楽しんでいるかのように、とことん最後まで「黒河内瑠莉香」という表記を繰り返す。これがやたらと目立つのだが、そこに意味を見出すというよりも、その女性と、自殺した父との関係に謎を漂わせながら、弱い自分を見守るこの謎の女からこぼれる父の遺言を味わう余韻を残していく。
 なんだか不思議な魅力だ。日常に染まって何も見えなくなったとき、異世界は、比較的手軽に非日常を味わわせてくれる。特別な意味を言葉にしようという大それた気持ちもなく、ふっと梯子を外してくれるような誘いに乗るのも悪くない。人生、時にはこのように、コースを外れることも必要なのだ。そんなひとときを与えてくれる、様々な作品が並んでいることを、楽しめばそれでよいのではないだろうか。




Takapan
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