本

『ぼくのマンガ人生』

ホンとの本

『ぼくのマンガ人生』
手塚治虫
岩波新書509
\660+
1997.5.

 手塚治虫が亡くなったのは、1989年。平成を迎えてすぐのことでもあり、昭和が終わったというような声も聞かれた。また、新聞に巨大な文字で「巨星墜つ」と刻まれていたことを記憶している。天皇の代替わりに続き、大きな出来事として社会でも認識された。まさか、などと。
 この新書は、その後編集されたものである。講演から起こされたものでもあり、本人は本になったことを知らないでいるというのも不思議なものだが、逆に本にするための文章でなかったから、人間味あふれる、あるいは本音のようなものが、こぼれている部分があるかもしれない。
 幼少時代のこと、良き師との出会い、戦争体験といった生い立ちに加え、自分のマンガのテーマから、アニメ制作のときのこと、子どもたちに対する大人の責任や、若い人々へのメッセージというように、教育的配慮も行き届いた、広く十分な角度の視点を踏まえた構成となっている。マンガの描き方や、漫画家仲間とのやりとりなどを、あるいは裏話などを、紹介する気配はない。堂々と、子どもたちに向けて語っている印象だ。もちろん、大人たちへ向けてのものでもある。誰もが子どもであったから、子どものことは経験しているはずなのだ。また、未来というものは、そうした子どもが経験を重ねていくことによって形成されていく。本書全体が、ひとつのよいメッセージになっているということは否定しようがない。
 また、関係者三人の証言もコラムのように織り込まれているが、これもいい。手塚自身が語っているのだからそれが真実だろうと読者は当然思いがちだが、周辺の証言によると、手塚の捉え方はどうも違うようだ、というような証言に出会うのだ。こうしたまわりからの視点が入ると、手塚が言っていることも実はこうなんだ、こういうことは気づいていないようだ、などと言葉の背後に深まりを感じて面白い。一連の主張が自信たっぷりの、世間の著者たちの本も、このように周囲の人々の眼差しを編集してところどころに入れることが当然となると、世の中おもしろいかもしれない。
 さて、手塚自身は、生命の尊厳を自分のテーマとしている。本当にそれに貫かれているのかどうか、そればかり貫こうとしていたのかどうか、そんな詮索もできそうだが、そう意地悪なことをするのでなく、やはり私はなんらかの建前というのはあると思う。純粋に動機を拾い出せば、単純に面白いからマンガを描いている、などという答えもあっていいと思う。ただ、手塚自身は、どんなところでもやはり根底にこのテーマを踏まえて構えている、という気はする。それを真正面から捉えたから「ブラック・ジャック」はやはり面白かったのだ。読者に、メッセージがまっすぐに伝わったのだ。小学生でも十分伝わる内容だったのだ。
 小学校の国語の教科書にも、今は手塚治虫について紹介する文章がある。この講演の内容は、その文章の資料になっているかもしれない。手塚治虫についてとりあえず何かしら知っておく必要があったら、本書は実に良い。そして、巻末に特別付録のようなマンガがついているのだが、これで締めくくるという味な方法で、若い世代もより気軽に聞け、また触れられるようになっていることを思うと、本当にこの本が、若い人々へ適切に伝わるメッセージであってほしいと願うことしきりである。新書の定番として、遺していってほしい。




Takapan
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