本

『僕の神さま』

ホンとの本

『僕の神さま』
芦沢央
角川書店
\1600+
2020.8.

 ミステリー作家としてよい腕前を発揮してきた作者であるが、本書は子どもの世界を主体とした。水谷くんという、観察力と推理力に長けた小学生がいて、彼は皆から「神さま」と呼ばれている。どんな問題が起こっても、やがてそれを解決してしまうし、それを頼って依頼がきたときにも全力でそれに立ち向かい、解決するからだ。  イメージとしてはどうしても、名探偵コナンが頭に浮かぶほどに、完璧な推理を働かせることになるのだが、決してそのようなお決まりの形で毎回終わらせるようなことはしない。
 本書は、一年間の歩みの中で、それぞれの季節に事件が起こり、また解決していくという体裁をとっている。そもそも別々の作品として発表されたものだが、キャラクターの点でも、またストーリーの流れという点でも、明らかにすべてがつながっている。短編を並べつつひとつにつないでいくというのは、この作者の巧い手法のひとつである。
 が、そうした点よりも、この水谷くんの事件については、その都度「誤り」があるのだ。それは、推理のミスというものではない。むしろ推理はどんぴしゃりと的中していくのだ。実は本書の「僕」は、水谷くんではない。佐土原という男の子で、いうなれば、シャーロック・ホームズにおけるワトソンのような立場にいるようなものだが、この「僕」が、果たしてただの筆記者であり、観察者であるのかどうか、そこのところは、読んでいくことで、良い意味で裏切られることだろう。
 メインは、川上さんという女の子の存在である。学校で起こった諍いの背景に、川上さんの家庭の問題が浮かび上がってくる。一見意地悪な役回りの子も現れるが、実はそれぞれに思いやりが深い、なかなかの人物である。つまり小学生がそこにいるような感覚がしない。これらはどれも、オトナ社会の出来事であってほしいくらいの心理戦なのだが、しかし物語の中での立場としては、やはり子どもでなければ務まらないものとなっている。このあたりの設定と構成には、読者としても唸るしかない。
 もちろんネタバレをここで起こすわけにはゆかないが、一つひとつのトリックや背景が、分かりやすく読者に伝わっていき、また思わぬ解決を呼ぶこと、そして水谷くんの理不尽な言動の背景に何かが隠れていることなど、読み応え十分である。
 最後に、謎をそれなりに解き明かすようなエピローグが付加されて単行本となっている。ここにも味がある。何もかもを明晰に解決するコナン君の話とはひと味違う。つまり、まだ謎が実は残っているのだ。その謎を明らかにするために、続編が待っている可能性を読者は感じることだろう。しかし、もしそうでないとしても、その謎は、読者自身がもっているかもしれない、ということに思いが馳せるならば、作者としては大成功なのだろうと思う。
 終わりのほうでは、水谷くんによる、この本の中での事件の解決のための、かなり込み入った説明がある。たいへんな論理と観察や行動から明らかになる事件の真相の解明と、それにまつわる一人ひとりの心理の奥に潜むもの、またそこからの行動というあたりには、傍線付けまくりの場面がある。これを小学生が考えるというのは事実上不可能だ。だからまた、これは小学生の頭脳の話とは言えないが、先にも触れたように、物語としては小学生が活躍しなければ成立しない物語であったのである。この、非現実感と現実味とのバランスが絶妙で、そこに面白さというものを感じることができたならば、読者は気に入ってくれることだろう。私は気に入っている。
 ただ、少しばかり残酷なシーンも描かれている。これは小学生を読者に想定しているとは思えない。やはりオトナのためのエンターテインメントであるとして紹介されるべきだろうと思う。お子様にはお薦めしない。その点が、何らかの形で警告されてもよかったのかもしれない、と私は思っている。




Takapan
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