本

『みる わかる 伝える』

ホンとの本

『みる わかる 伝える』
畑村洋太郎
講談社文庫
\550
2012.1.

 文庫になる前に、2008年に単行本として出版されている。文庫になってより広く人々の目に触れることになるとすれば、いいことだ。というのは、これは実に適切に人間の判断や組織にとり役立つことが満載されているからだ。
 いかにも抽象的ではある。しかし、だからこそ、あらゆる場面に適合する指摘である。
 著者は近年有名になった、「失敗学」と名づけた分野の提唱者である。福島第一原発の事故原因の調査にもあたっている。調査にあたるには、現在の日本ではこの著者よりも相応しい人はいないだろう。
 人は成功談には興味をもつ。しかし失敗談には耳を傾けない。縁起でもないとでも思うのか、避けて通る。しかし、それでは再びその失敗を犯してしまう。私たちは歴史の中から失敗を学ばなければならない。同じ轍を踏むのは、これからの時代においては影響が過大である。人々が争ってもかつては当地だけの戦争で済んだが、これからは世界を破滅させる事態となる。失敗に対する研究は、実際最大級の関心を向けるべきことであるのではないか。
 失敗を避けられるようになるということは、すなわち成功することになる。しかしまた失敗はあるだろう。想定外の事態になることだろう。人間は全知全能ではない。人間の考えの及ばぬことがある。しかし、だからといって同じ間違いを幾度も繰り返すようであっては、人間の名が泣くだろう。私たちはできるなら、せめて同じ間違いを繰り返さないようでありたい。そのための、失敗研究である。
 この本は、それをさらに身近な役立つ場面において適用している。タイトルそのものである。「見る」ことについての失敗はどうやって起こるのか。「わかる」と思いこんでいて実は分かっていないことは何故起こるのか、それを避けるにはどうすればよいのか。「伝える」ことで失敗を他者へ、次の世代へ引き継がせなければならないのに、どんな問題点があるのか。どうすればうまくゆくのか。三つの章に分けて検討される。
 随所に図解がある。なかなかいい。ボウニンゲンと矢印や階段などで示される図が、実にシンプルである。派手なプレゼンテーションは要らないということがよく分かる。
 ほんとうに、これはあらゆる成功談に勝って、人を成功に導きうる本である。どんな場面でも、どんな状況でも、どんな対象にでも、使えるものである。なぜならば、ここでは「考える」という、人間のすべての知的生産、行動決定の営みの基本が検討されているからだ。
 そして私自身に、たいへん重要に思われたところを最後に述べておこうと思う。
 それは、マニュアルの問題点を指摘した件である。「マニュアルには『必ず形骸化する』という問題点がある」というのだ。「マニュアルを金科玉条のように守ることが大切になって、マニュアル以外のことを『やってはいけない』『試してはいけない』『考えてもいけない』と、運用が融通の利かない硬直化したものになってくる」ともいい、だから「マニュアルは守るためのものだから、されど変えるためにある」と結論する。なんとその通りだと私は思ったことだ。「マニュアル」を「律法」と読み替えたら、新約聖書のエッセンスではないだろうか。
 こうなると、「失敗」も「罪」と読み替えたくなる。罪を繰り返さないためにどうすればよいか。もちろん、それだけでは福音にはならない。イエスによる完全な解決がそこにあるのではないのだが、罪に対する私たちの眼差しは、この失敗への眼差しと似ている面が多々あるように思われる。
 次の世代へ教会が伝えるものは何だろう。そんなことさえ、思い浮かぶようになる。そのためには……。まだまだ傾聴したい知恵が、この本には溢れている。




Takapan
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