本

『音楽の基礎』

ホンとの本

『音楽の基礎』
芥川也寸志
岩波新書E57
\700+
1971.8.

 購入したのは2011年の第59刷。40年を経てもなおそのまま発行されている。驚きである。
 芥川也寸志氏は、作曲家であるといっても、社歌や校歌、映画音楽など幅広い活動をし、指揮者でもあった。著書も多く、本書もそのひとつである。ご存じのとおり芥川龍之介の子の一人であり、何かと父親が出されて辛かったらしい。大正末から平成初めまでを生きた。つまり、昭和の方である。
 その時代、「現代音楽」と呼ばれるものが現れ、大いに問題とされた。従来の音楽理論が全く通じないような世界が、同じ西洋音楽の領域で現れたのである。絵画でも従来のものとは全く違う、いわゆる「よく分からない絵」が美術の世界に登場しているが、絵の場合は、それなりに市民権を得ていったように思われる。だが、音楽ではいまだに、現代音楽というものが脚光を浴びることがないように思うのは、単にメディアへの露出の点だけであろうか。
 本書は、音楽というものの成り立ちを、徹底的に地面に這いつくばるようにして説いている。そのとき、時代的な故であるのか、この「現代音楽」がしきりに気になっているように私には見えた。確かに、かつての音楽理論を脅かすものとして、音楽の基礎を説明するときに、その世界の外からの眼差しというものがあることになり、気にするだけの価値はあるだろうと思う。それが音楽理論の中に、いま現在どれくらいの影響を及ぼすものなのか、あるいはどれくらい「現代音楽」の理論なるものができているのか、あいにく素人の私は知らない。ただ、その新しい眼差しを全く気にせずにこの基本的な解説ができているのではない、ということを強調したかったのだ。
 それにしても、徹底している。最初は「沈黙」を扱う。音楽を説明するのに、沈黙から始まるのだ。これが、本書の本気度を表していると思う。闇があっての光である。沈黙があっての音であるに違いない。それは「音」とは何かに気づかせるために、うってつけの背景準備であった。
 それから、記譜法や音名、音階そして調性について語り、リズムと旋律とは何かをようやく説き始める。速度と表情は、様々な記号がある中で、メトロノームというものがずいぶんと新しいものであり、だからあの表情を示すイタリア語などの言葉が、機械的な基準で決められてものではなく、いたって人間的な、感情や感覚に基づいたものであるということに気づかせてくれた。
 最後には構成についてであるが、音程と和声から始まる。この辺りにくると、実例として五線譜が細かく解説されることも起こるようになる。それまでも、スコアの凄さや作曲家の立場からの音楽たるものへの思い入れがよく伝わってきたし、実際の五線譜や音符を示して、音楽用語を教えてくれることもあったのだが、図版としてのその五線譜を使って具体的に教授してくれるのは、教室級の臨場感があった。
 対位法と形式は、クラシックでよく用いられる形式について、簡単な説明ではあるが、必要なことはきちんと述べられていたし、ちょっとした表現が加えられることで、「ああ、そうか」と思えるようなこともあった。筆が立つ人の文章は、味わい深い。たとえば、和声音楽を立憲君主制体とすると、多声音楽は共和制体だ、などというと、ストンと身に落ちるのではないだろうか。
 先の「現代音楽」についても、古典的な形式感をもって現代音楽に接するのはよくないということを、古い京都の庭を、高いところから見おろして鑑賞することがまったく意味がないのと同じだ、というような説き方をする。その他、面白い比喩やイメージの言葉が随所にあるが、それは実際に手に取ってお読みになるときに、それぞれの方がクスッと楽しめばよいのではないかと思う。
 しかし、演奏家の熱い演奏が録音という形で生活に入っていくと、それがただのBGMにされたり、セレナードを耳にしながら夫婦げんかをしたれするような光景は、音楽が生活を彩るようには感じられない。私たちは、音楽と「かかわり」を生むことが大切なのではないか。私たちの中にある音楽の世界は、きっと豊かである。積極的に、音楽と交わることを考えてほしい。そこに「創造」というものが成り立つのであり、こうしたところに、真の「音楽の基礎」があるのではないか。こうした著者の叫びが、本書をただの解説書にしてしまうことから護っている。それだから、私の読んだ2023年にまで半世紀にわたり、この本が読まれているのだろう。それだけの価値がある、ということなのであろう。
 蛇足ながら、本書には少しの頁ではあるが、「索引」がある。それだけ丁寧につくられているということで、流石だと私は拍手を贈りたい。索引をつけるということは、また改めて読んだり、調べたりすることを期待していることになるからである。




Takapan
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