本

『身ぶり手ぶりで楽楽コミュニケーション』

ホンとの本

『身ぶり手ぶりで楽楽コミュニケーション』
近藤禎子監修・齋藤綾乃著
中央法規
\1470
2012.12.

 NHKの「みんなの手話」というテレビ番組で紹介されていた内容が、手に取りやすい本になっていた。
 サブタイトルが「介護に役立つシニアサイン」とあり、この本の中心には、この「シニアサイン」と名づけられたものがある。シニアというのは、高齢者という意味。語感的に、今のところ比較的さわやかな印象を与えることができる語だと言えるだろう。サインというのは、コミュニケーションの方法。つまり、高齢者は、視覚にも問題が起こることは多いが、聴力に影響がよく出るのが通常で、これが実のところコミュニケーションにおいて大きな問題となる。聞こえないとなると、会話が通じない、つまり意思を通わせることができなくなるのだ。
 病院や介護の場面で、「あのねー」と、大きな声で担当者が呼びかけていることはよくある。そうしないと分からないのだが、私は常々、その姿勢を改善できないかという思いをもっている。どうしても、それは上から見下すような態度になったり、乱暴になったりという印象を与えるのだ。こうして叫ばないと分からないのよ、といった気持ちが日常的になることにより、お年寄りはどうせ分からないとか、通じないとかいう空気が漂うことになる。しかし、そのお年寄りにしても、何も理解できないようなわけではないのだから、そうした態度や空気は当然感じるわけで、不愉快にも思うだろうし、また、それだったら、たとえ聞こえなくても、分かったふりをしておこう、ということにもなりかねない。するとまた、「ちゃんと説明して、返事をしたのに、やっていないじゃないの」と、また子ども扱いされるようなことにもなっていく。時に、重大な事故にもつながる。また、ひどい例ではあるが、暴力にも実際展開していくことがあるのだという。
 低い声でも、ゆっくり話せば伝わることはある。この本には、そうした原理的な事柄からまず書いてある。何も、サインを使わなければ伝わらない、などとして、サインの優越性ばかりを宣伝しているわけではないのだ。どうしたら気持ちが伝わるか、情報を知らせることができるか、そのためにできることは何でもしよう、という営みなのだ。
 では、シニアサインとは何か。伝える内容を、身ぶりや手ぶりで示そうという、ただそれだけのことである。実に簡単なのである。
 大声で、「ごはんはどうしますか?」と叫ぶよりは、そう言いながら、ごはんを食べるしぐさをして、「どうする?」というように人差し指を立てて軽く振ると、たいていの人には伝わるものである。それでいいのだ。この、ちょっとしたしぐさをすることにより、何もよいことのない、大声で叫ぶという事態を消すことができるのである。
 しかし、問題がある。伝える側は、伝わると思ってその身ぶりをしても、相手にそれとして伝わらないことがある場合である。そこで、誰にでもたぶん伝わるだろうということはともかくとして、少し抽象的な内容や、身ぶりでも曖昧かもしれないということについては、予め、その身ぶりが何を表すかをお互いに知っておく必要もあるのであって、共通理解があることが望ましい。
 実は、監修者は、手話通訳者である。「みんなの手話」で紹介されていたのもそのためであって、また、このシニアサインには、日本の手話を大いに取り入れてある。考えてみれば手話というのも、この身ぶりで伝え合うものであるのが基本であったわけで、まさにシニアサインの理念に適っている。要するに、耳が遠くなったら、手話でコミュニケーションをすればよいのである。が、事実上そういう高齢になってから手話をマスターしようというのは、心理的にも実際的にも負担が大きい。そこで、いわば口話も十分活用しながら、重要な中心点だけは、手話を使うというのがよいのかもしれない。
 監修者やその関係者は、手話だけにこだわっているわけではない。手話には手話の文化があるが、高齢者が使うには分かりにくいものもある。そういうときには、高齢者の感覚で、分かりやすい表現方法に替えたほうがよい、というふうに考えて相談している。シニアサインは、手話を基準に置きながらも、手話にこだわらず、新たな高齢者のためのコミュニケーション手段として、使えるものを作り出そうという試みなのである。
 こうした考えを読者に理解してもらうために、現場の声を含め、いろいろ書いていると同時に、この本は、たくさんのシニアサインの例を紹介している。多くは手話と同一であるが、手話を知らない人でも、見たら、これなら伝わりそうだと思えそうなことばかりである。また、紹介されている語彙は限られたものでしかないけれど、生活や介護の場面で必要な語彙がよく選ばれていて、さしあたりこの本だけで、ずいぶんと高齢者とのコミュニケーションが改善されることが期待される。
 介護という職業に限定されない。家族に高齢者がいる場合、この本は、とても優しく、人としてのおつきあいを続けていくために、心が洗われるくらいにステキなものを含んでいる。だから、少しだけ苦言を申し上げると、この本のタイトルでは、この本の内容の良さが広く伝わりにくいような気がする。ずばり「シニアサイン」でもいいし、耳の遠い人とその家族のために書かれた、というその目的をもっとずばり見せておけば、こんな良い本が多くの注目を集めるかもしれない、と思う。こうした本こそ、マスコミは注目して、広めてほしい。高齢者の施設でひどい虐待が行われた、ということを非難するコメントばかり繰り返すよりは、このように平和をつくるために、簡単で有効な提案を、マスコミが広めてほしいものだと切に願う。




Takapan
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