本

『もっと知りたい レンブラント』

ホンとの本

『もっと知りたい レンブラント』
幸福輝
東京美術
\1890
2011.3.

 いやあ、もうこの著者の名前を見てください。美しすぎる名前です。これで絵画を研究し、芸術を説くというのだから、期待してしまうではないか。
 そして、期待通りに興味深い解説が続いていく。副題に「生涯と作品」とある。別段どうということのない副題であり、こんなものあってもなくても構わないようなものである。だが、中を見終わって思うに、この副題が実にしみじみとその通りだなあと感じるのである。
 その生涯をおよそ時間順に辿る。だが、通史的というよりは、芸術作品を主役に置いた中で語られる。だから、時に横道に逸れて、光ということ、ルーベンスとの比較、版画についてなど、興味深い話題にしばらく浸ってみることもある。また、工房の作品、贋作などの話は近年の研究の成果であるというが、素人にもなるほどと思わせる分かりやすい解説がなされてあった。
 こうした本は、よほどのファンであるとか、美術に詳しい人であるとかでなければ、手に取らない可能性がある。だが、それはもったいないと思った。これは、ちょっと気になって開いてみたら、最後まではまってしまった、と告白しそうな本なのである。そもそもとくに若いころまでのことについては謎の多いレンブラントの人物像なのであるが、結婚する辺りから大きく変化が起こり、やはり謎のままにではあるが、破産の憂き目にも遭う。愛する妻を失った後の女性問題のトラブルなど、人間的に同情するような、あるいは贅沢だとうらやむような生活をしている。ゴッホの例にあるように、生前は何の評価もされなかったというような画家に比べると、レンブラントは恵まれているようで、一枚の絵が普通の人の年収の何倍もの値で売れているという環境で生活している。しかし、オランダは当時チューリップバブルなどというような、経済的な昂揚と低迷とがある中で、何か投資に失敗したという話もあるほどで、自己破産に陥ったことについて推測される始末である。
 光と影の魔術師であるとも言われる。それのみならず、私はその聖書のシーンの描き方が好きである。かといって、描いたレンブラントが信仰者として尊敬すべきだなどと言うつもりもない。ただ、これは賜物である。神から授かった才能である。見た人を様々な想像と自己点検、あるいはまた神の恵みといった世界に促すような、不思議な魅力をその絵をもっている。
 絵は、失礼な言い方だが、確かに巧いのは間違いない。しかし、その筆致はかなり粗っぽいところがある。細かく見ると、決して精緻に精密に描いているわけではない。光を反射する服や道具の細かな描写はあるものの、人の顔も、そして手や服の一部など、必ずしも精密でリアルだというわけではない。だが、厚く塗ったその絵の具が、言葉にできない感動を連れてくるのだ。全く不思議だ。
 それは、やはり光と闇との対比にあるように思われる。人は自分の心の中に闇をもつはずだ。人は罪の中にいるのだから。そしてまた、神という光を私たちは頭に置いている。この闇と光とが対比されている構図が、レンブラントの絵画の第一の特徴であるだろう。それがときに、心の琴線に触れる。何故だか分からないが涙が出てしまうことがある。
 これまた不思議なもので、歴史というものは、どこか一部分にでも一時熱中して、ある事柄に詳しくなるようなことがあったら、そこにつながるという意味なのだろうか、他の歴史についても理解が進み、歴史全体を把握できるようになるものだ。レンブラントの絵を少しでも、いいものだと感じる人は、この本に触れて損はない。全部読むのにさほど時間はかからない。ただ、絵を味わっていくと、それなりに時間はかかる。しかしその時間を無駄だったとは、決して思わないで済むだろう。
 美術の世界についてのよい入門書でもあるが、聖書の描かれ方についても大変分かりやすく迫ってくる。当時の画家の生活などにも踏み込んだ編集姿勢を、私は好ましく思う。本当にこのシリーズの名前のように、「もっと知りたい」と口にしてしまうだろう。




Takapan
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