本

『ムーミン谷の仲間たち』

ホンとの本

『ムーミン谷の仲間たち』
ヤンソン
山室静訳
講談社文庫
\448+
1979.5.

 ご存じムーミンの楽しい小説。近年はキャラクターグッズとして不動の地位を築いているムーミンたちであるが、当初のテレビアニメの良さが、いまになって受け継がれているということなのだろうか。しかしストーリーなど全く知らない中での人気というふうにも見えて、懸念を覚えざるをえないのだが、杞憂だろうか。
 私も、少しコミックスを覗いたことはあるが、実は小説あるいはお話として読むのは初めてだった。但し、これは作者の中でも少し後のほうのものらしく、訳者の解説がその辺りの事情を教えてくれる。この訳者解説は、短い中でいろいろな話題に触れて歯切れがよいのだが、とても大胆なことに、この本の批判的見解をびしっと書いていた。いわば短編小説をばらばらに集めたので、盛り上がりに欠けるだろうということ。それからニョロニョロについての作品を、ずばり失敗作だと断じていること。ピンぼけなのだという。私は個人的に面白かったのだが。
 訳者は山室静。聖書物語という、有名な本もあり、その詩作や文芸評論の姿勢に、聖書は大きな影響を与えている。このムーミンのシリーズを日本に紹介したとも言え、キャラクターの翻訳も訳者のアイディアによる。たとえばそのニョロニョロは、ハッティフナットというが、発音しにくいので感覚的に決めたらしい。しかし、多くは原名をそのままカタカナにしたようなものである。ただ、スナフキンはスヌスムムリクというような現地発音があるのだそうだが、さすがにややこしいので、英訳に倣ったのだという。このスナフキンが、全編を通じての中心人物だということは、いろいろ読んでいない私には新鮮に響いた。テレビアニメのスナフキンよりはもっと落ち着いた年齢の雰囲気が話の中ではあるようだった。
 しかしこの妖精めいた世界の物語は、あまりにこの世界とは違い、発想から出来事から、異世界感十分である。だのに、やっていることや風景は、人間に普通にありがちなことであることが多く、不思議な感覚を醸し出している。確かにありえないという意味では、おばさんにいじめられて自分を見えなくしてしまった子の話などは、私たちも体験はできそうにないことなのだが、こうした不思議な出来事には、一つひとつ仕掛けや隠れた思惑などがあり、それを味わおうとすると、えらくエネルギーを費やすらしい。小さい子にはとても分かるまいというような解説も訳者はしていたが、それでもただ読めば楽しめるし、異世界の体験ができるということでは申し分のないお話の集まりであるから、文学としては十分であるはずである。
 ムーミン谷のキャラクターが、まんべんなく登場し、それぞれの持ち味を出している。オールスター大会のようだ。だからドラマ性をもたらすというよりは、一人ひとりの「らしさ」を描き出すサービス版というところなのだろう。しかし、頻繁に挿入されているイラストがもしもなかったら、このお話、一人ひとりがどんな風体であるのか全く知らない人にとっては、どう想像してよいか分からなかったことだろう。イラストを眺めるために、物語を読む、というふうでも楽しいかもしれない。少しばかり、現実の世の中だけでは息が詰まりそうな人には、妖精トロールの世界に、逃げ込んでみるとよいのではないだろうか。私も時折、それをしよう。




Takapan
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