本

『茂木健一郎の脳がときめく言葉の魔法』

ホンとの本

『茂木健一郎の脳がときめく言葉の魔法』
茂木健一郎
かんき出版
\1300+
2014.4.

 有名な方だし、マスコミへの露出も多いのだが、著書は殆ど見たことがない。脳科学について書いたものは、一般の人々に分かりやすく記されており、たしかに説明はうまいと感じた。テレビでも、要するにそういう説明の巧さというのが、人気の秘密なのだろう。知識や独創性の故に有名になる人もいるが、そこはいろいろ事情があるだろう。
 今回は、科学性は見られない。科学的論拠なり実証などは一切なく、心理的なアドバイスがどんどんなされていく。その随所に、科学的な用語を使い、こうこうこういうカタカナ語を知っていますか、と投げかけて、脳科学でこういうことが分かっているんですよ、だから……と展開する。こうすると、権威に弱い読者はコロリと転がる。
 いや、非難しているのではない。それが分かりやすさにつながっており、また信頼性を増している、ということである。そこが「言葉の魔法」であるのかもしれないが、著者が言いたい魔法はそのことではない。ちょっとした処世訓が、科学的根拠のある、信頼のおける情報である、というふうにもっていくのである。
 えてしてこのような言葉は、逆説的である。ふだんそれとは反対のことを考えている一般人が、常識と違うような言葉を聞いて、「おや?」と引っかかる。まさかそんなことが、という思いでその説明を聞くわけだが、聞いていくとなるほどそういうこともあるだろう、いや、それこそ真実だ、というふうに説得されていく。ここにパラドックスの冥利がある。
 著者も、脳科学的に、そのあたりのことを把握しており、実践しているのかもしれない。なにしろ脳の働きについて詳しいのである。これを一歩間違えれば、税制や活動で優遇される「宗教」の名の下に自分勝手なことを言い大もうけをしていく、というどこかの団体・個人のような利用法もあるということになるのだが、茂木氏の場合は宗教的分野とは無縁である。
 それとも、何かしらスピリチュアルな影響を受けているのだろうか。
 評判については分かれるのだが、この本には奇妙なイラストがちりばめられている。ひとつひとつの言葉の背景に、子どもの落書きのような、そしてそれが何を表しているのかすら時折分かりにくいような、なんたがシュールな、イラストが多数置かれており、扉のような役割を浸している。なにぶん表紙にもそれがどんと出ており、ちょっと異世界的雰囲気を醸し出している。これが、著者の自筆であるというのだ。絵については素人であることは否めないが、その著者自身が、掲げた言葉に何かイメージの合うようなイラストを自分で描き、並べている、というのである。
 しかし、これは心理学的にはどうなのだろうか。
 科学的根拠があるようでいて、しかし全部がそうというわけでもなく、極めて断定的に「〜なのです」と引っ張っていく文章を冷静に見ていけば、私の目には、スピリチュアルな著者が自分の言いたいことのほうに読者をどんどん引き込もうとしているようにしか見えないし、極端に言えば、でたらめな妄想の世界を真実だと信じさせるような導きのようにすら感じられてくるような気がしてならないのだ。
 そんな意図はないかもしれないが、なんだか「フシギ」な内容となっている。著者自身、精神的に大丈夫なのか、と言いたくなってくる。あまりにも具体的な例を示すことで、極めて抽象的な法則が真実である、と迫ってくる手法が、怪しい宗教のような様相を帯びているように感じられてならないのだ。その中に、無説明で、権威的な学説や学者の名前をちりばめることも、怪しい論法の常套手段である。そして、ごくたまになのだが、太いゴシック体で特定の命題を際立たせるというのも、これが極めておくべき真理である、というふうに思わせるために有効である。だが、この説得の文脈から離れて冷静にその命題だけ見てみれば、「どうして?」と言いたくなるようなことが、太く掲げられているようにも感じられる。
 読んだ人が自己肯定感に包まれて、また新たな自分を発見できるような気になって、しかもそれが分かりやすいように思わせる。実のところ、その曲がり角に置かれている学説や法則と名のつくようなことについての理解は、読者には恐らく伝わらないであろう中で、白沼にいい気分にさせられていく。ここまで計算して本は作られているのだろう、と私は思う。なにしろ、そういう心理についての専門家なのである。タイトルの下に「幸運は脳が連れてくる!」というふうに、なんとも名づけられない生物が花をくわえて語っているように置かれているのだが、ここと、大きなタイトル文字の中で「ときめく」だけがイラストと同じピンクに塗り替えられているあたり、女性が手に取りやすいようにしてあるように窺えるが、そういえば内容的にも、決して面白くない立場に置かれている女性にとり、励まされたり勇気を与えられたりするような言葉が多いような気がする。本の中も、黒い文字のほかはピンク系しか使われていない。
 ためになることが書いてあることは否定しない。だからまた、妙に傾倒しないような冷静さが読者に求められるのだ、とも言いたい。この本は「ドーパミンの放出が幸せを感じさせる」というテーゼから始まっている。本全体が、ドーパミンを放出されようと目論んでいるように思われたということである。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります