本

『宮田光雄集 聖書の信仰 X平和の福音』

ホンとの本

『宮田光雄集 聖書の信仰 X平和の福音』
宮田光雄
岩波書店
\2800+
1996.8.

 このシリーズは全七巻で完結している。政治思想の論文が中心の学者にとり、キリスト教関係のものがこれだけ多くあるというのも見事であろう。なかなか立派な装丁で、風格を感じさせるものとなっている。今回、その第5巻をご紹介する。「平和の福音」というテーマで文章が集められている。
 宮田光雄氏は、政治学の教授でしたが、とくにドイツの政治に詳しい方だと思う。一人の信仰者としての証しとしての研究のようにお見受けする。この著作集にも、説教ばかりを収めたものもある。だがやはりドイツへの眼差し、もちろんそこから日本のことへと心を向けるわけだが、平和の実現ということが、最大の関心であるのではないかと思われてならない。
 その著作の多くは岩波書店から、あるいは新教出版社から出されている。そうした著作のうち、若者たちへ向けるメッセージもいくつか読ませて戴いた。去年だったか、偶然ラジオで長い時間お話ししているのを耳にし、初めてその語りを聴いたのだがが、ご高齢で穏やかな言葉の中にも、力強い信念が漂うものであった。
 そもそもキリスト者の観点から、正面切って「平和」を論じたものは、そう多くないかもしれない。著者お得意の、リヴァイアサンとビヒモスという話題だが、これほどのこだわりをもつ論じ方に感動すら覚える。平和のハトのどこからくるか。ノアの方舟ですね、というのが精一杯の私に、とことんハトと平和との関係を歴史から教授してくれた本は初めてであった。兵役拒否が、キリスト教の歴史の中でどのように考えられてきたかを知ると、なるほど歴史はそうだったのか、と言わざるをえないことばかりであった。
 聖書と平和の思想は、簡単に片づけられはしない。あのルターでさえ、当時の様々な戦争の中でどうしようもなかった。農民戦争の鎮圧のために戦いを正当化するのが精一杯であったという。時代的な事情もあるとはいえ、平和とは何か、それが戦いにより勝ち取るものである、という、現代まかり通っている思想のなんと古いことか、また、それがなんと醜い争いを増やしてきたことか、そうした歴史を著者は丁寧に辿る。そういえば昨年は『キリスト教と戦争』という、襟を正される本も世に問わた。この「平和を実現するために戦争をする」というテーゼを、現代人も超えることができているようにはとても思えない。
 そこへいくと、2017年2月にNHKの「100分de名著」で解説されていたガンディーの生き方には、学ぶべきことが大いにあるように思えてならないが、もしかすると著者も、そうした一種の理想論を大切に心に抱き、目指そうとしているのではないか、と感じる。いや、確かにそうだ。ある意味できれい事かもしれないのだが、これだけの資料を伴い、理路整然と論じる平和の理想論、やはり一度は味わってみるべきではないだろうか。
 最後に内村鑑三と矢内原忠雄の2人が日本人のキリスト者として取り上げられ、その平和思想が紹介される。もとより内村にしても、最初は日清戦争を大いに喜んだ口であったのだが、日露戦争のときには戦争に対して絶対的に反対の論者となった。その精神的過程がこんなに分かりやすく説明されていることはありがたかった。こうした先人たちは、まさに自分の生き方として、平和を論じ、主張し、生きたのだ。その気概を前にして、現代の私たちは、ラオディキアの教会ではないが、いかに生ぬるいかを覚らなければらない。この私自身から、口先だけでなく。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります