本

『みんなで考える 脱炭素社会』

ホンとの本

『みんなで考える 脱炭素社会』
松尾博文
日本経済新聞出版
\1600+
2022.3.

 著者の肩書きが表紙に見える。日本経済新聞社・論説委員兼編集委員。これは確かだ。その上で、日本経済新聞出版から出しているとあれば、これはもう自信作以外の何ものでもない。資料も確かであれば、世界の動向についても、知りうる限りの最高の情報であると言えるのではないか。
 その意味でも、自分の信念をなんとか説得して伝えようとするようなものではないし、政府の責任を追及するためのデータを集めているわけでもない。まさに、新聞で事態を解説しているようなものである。そう、新聞で時折見開きで、世界情勢を解説するような紙面があるではないか。あれが、延々と重なって、1冊の本になったというようなものである。B5版で、資料がふんだんに載せられ、その背景が説明され、将来のことについて提言をする。
 みんなで考えるという冠については、誰か情報を握る者が上から押しつけるようなことをするのでなく、一人ひとりが主人公だとして、この問題に当事者として関わらなければならないという理念を明らかにするものと見てよいだろう。
 プロローグとして、この「脱炭素社会」の必要性が説かれる。いまどういう情況になっているのか、将来どういう危機が訪れると考えられているのか、だからいま私たちはどうするとよいのか。そういう問題意識を読者に提示する
 そして、具体的に従来の過程と、エネルギーに関する各国の実情が紹介されていく。絶対量のほかに、国民一人あたりのデータが繰り出されると、また違ったものが見えてくるように思われる。
 こうなると、今時ならばSDGsがメインに入ってきそうであるが、それはまた別枠のようなものである。本書は、ブレることなく、「脱炭素」問題に絞られている。産業における実態が余すところなく説明され、アメリカの立場、中国の考え方などが、一つひとつ丁寧に示されていく。本当に、日経新聞の特集解説を読んでいるような気持ちになる。しかも、オールカラーで、グラフやイラストもふんだんにある。読んで分かる、見て分かるといった、最高級の教材にもなりそうである。
 現実的に、カーボンゼロという理念は、目標となりうるのであろうか。だが現実的にどうしていくのか、ということはもちろん未来の筋書きにどうしても必要である。何も夢物語を話そうとするのではない。そもそも、地球規模の危機の問題は、生存という目的のためならば、経済性などは二の次になってしまいそうなものである。いやそうではない、経済もまた、生存のために必要な条件である、という姿勢をとるならば、生存と経済とは、対立するべきものではあるまい。それは、コロナ禍における経済という課題と少し似ている構造をもっている。
 そこで本書は後半で、カーボンゼロを実現するための様々なシナリオが提供される。エネルギー源の供給はどうなるのか。カーボン排出にとりかなりのウェイトを占める、輸送はどう変化すべきなのか、またどういう変化が現に起こっているのか。工業生産にはカーボン排出は当然であろうし、人の生活環境そのものから出るものは、一軒ずつだとわずかなようにも思えるが、これが億単位で集まると、とんでもない量となるだろう。私たちの食生活そのものにまで影響を及ぼすものなのだから、やはりあらゆる面で、生きることに直接つながっているものだと見たほうがよさそうである。
 環境問題を論ずるとなると、えてして、自然保護という方向で取り仕切られるものであるが、人間生活というモチーフを忘れることがないのが、日本経済新聞である。生活はどうなるのか。社会を変革する経済要因はあるのか。企業はどう取り組むべきなのか。都市だけが決めてリードしていくようなあり方でよいのか。
 実際に、協定がなければ、この大切な動機に導かれたカーボンゼロへの道は絵空事になってしまう点も、極めて重要である。いまどのような協定や協力が求められているのか、知っておいたほうがよい。明日の常識とならねばならないような、様々な現実的対策が最後にまとめられる。極めて大切な観点である。
 このままではいけない。だから考える。だが、道はひとつではない。また、これから何が起こるか分からない。現に、新型コロナウイルス感染症の拡大は、予想できなかった、あるいは予想したくなかった事態である。でもひとは、それを克服したいと思う。生き延びようとする。カーボン排出については、殆ど直接見えない情況であるが、確実に危機を導いている。その危機が、もっと見えるようになったときには、もう遅いのである。
 と、そのようなことを口でいうのは実に簡単なこと。問題は、実現である。なんとか、利害やイデオロギーを越えて、危機を回避することに全力を尽くせないだろうか。でも、いくら幾分和らいだとしても、化石燃料はいつかなくなる。将来の人類に対する罪を私たちが覚えたとしても、それでもこの危機はなくなりはしない。
 だから、みんなで考えることが必要なのだ。




Takapan
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