本

『一刻館の思いで 或愛の物語』

ホンとの本

『一刻館の思いで 或愛の物語』
めぞん一刻住民会議著
ワニブックス
\971+
1993.9.

 古本屋さんで見つけて、手を出した。何を隠そう、「めぞん一刻」は、私の愛読書なのだ。コミックスも全巻所有している。先般も全部読み直した。本書は、その15巻のコミックスを底本とし、引用箇所は頁数を示している。これは実に丁寧な仕上げだ。
 しかし本書を手に入れても、なかなか読む決心がつかなかった。理由がとくにあるわけではないが、読んでしまうのがなんだか怖かったのかもしれない。
 本書発行の背景には、『磯野家の謎』がある。1992年に発行され、一大ブームとなった。マンガのキャラクターを中心に、その背景を、これでもかというほどに疑問を呈し、考察の手を伸ばすのだ。雨後の筍のように、『野比家の真実』とか『オバQの真実』とか、なんだかんだ類書が出た。話によると、磯野家の前年に、『ウルトラマン研究序説』というのが出ており、これが魁であるという。ウルトラマンが怪獣を退治した後、町の再建と建物などの保障は誰が出すのか、などという現実的な問題を、空想物に当てはめた本である。実は私はこれも持っている。
 さて、私の愛してやまない『めぞん一刻』である。と言っても、ご存じない方に一つひとつご紹介する暇はないので、知る方に通じる程度の言い方を並べることをお許し戴きたい。
 一刻館に、浪人生として下宿している五代裕作くんが、住民たちの悪ふざけから逃げだそうとしたとき、新しい管理人として、音無響子さんが訪ねてくる。五代くんはそれを見て一目惚れし、出て行くのを止める。一の瀬のおばさんと四谷、朱美さんに常にからかわれているし、この住民たちがまたこれ以上ないほどに個性的である。
 五代くんは、やがて響子さんが未亡人(当時の言葉としておこう)であることを知る。なんとか私立大学にぎりぎり合格し、教育学部で学び始めるが、貧乏学生として響子さんに何ができるというわけではない。むしろ色気づいた弟のように響子さんから見られているが、五代くんの気持ちが、伝わっていないわけではない。
 響子さんが気分転換に習い始めたテニススクールのコーチに三鷹という、笑うと歯がキラリと光るイケメンがいた。これも響子さんに惚れてしまう。三鷹と五代は、以後ライバルとして張り合うことになる。その恋路の中に、五代くんは案外モテもして、別にガールフレンドもできる。が、そこに手出しをしたら終わりという緊張感の中にいた。管理人さんは、大変なやきもち焼きなのである。妄想癖のある五代くんは様々な失敗を重ね、また不運の塊のような生活に於いて、とんでもない誤解を重ねながら、互いの勘違いの中でどたばたが展開してゆく。なにしろ携帯電話もない時代である。一刻館のピンク電話だけが連絡手段というような中で、すれちがいもしばしばであった。
 すでにお気づきだろうとは思うが、登場人物の名には数字が順に盛り込まれている。一刻館の住人は、それぞれの数字の号室に住み、五代くんは五号室であるが、そこは公然と住民の宴会室になっていた。四谷さんはのぞきの趣味で、四号室と五号室の間の壁に穴を空け、五代くんの生活に無遠慮に入り込んでくるが、謎の人物である。朱美さんは六本木という姓があり、いつも下着姿で館内を歩いている。その他、一人ひとりに言及していたら、きりがないほど、魅力的なキャラクターが物語を彩る面白さがたまらない。
 当時すでに『うる星やつら』がアニメ共々社会現象となり、大ヒットしていた。その高橋留美子先生の作品である。うる星のほうがいかにも少年マンガであるならば、めぞん一刻の方は、少し年齢層を上げた青年向けの作品であり、少々オトナめいた話題や、恋愛心理を巧みに描いた、だがやはり相当にギャグのセンスの豊かな、面白いマンガであった。
 長期にわたりテレビアニメ化もされ、斉藤由貴がそのテーマソングで歌手の仲間入りをし、またギルバート・オサリバンのムードある曲も採用されるなど、センスもよかった。多少原作に手入れをしながらも、最初から最後までを3年にわたりアニメで描ききったのは大したものである。また、スピンオフ作品も映画化されるなど、たいへんな人気であった。
 基本的に、ファンからすれば、誰もが思うようなことを要領よくまとめている、というような書きぶりである。殆ど知らないことはないわけであるが、作品の詳細を、時系列に辿るのではなくて、キャラクターの行動だけを拾うとか、キャラクターの行動を数え上げるとか、芸が細かい。たとえば四谷さんの「たかり」の場面だけを拾うというようなマニアックな調査は、さすがの調査だと舌を巻く。響子さんのやきもちの種類の分類と統計など、よくぞ数えたと拍手したくもなるし、一番驚いたのは、一刻館にある時計は基本的に止まっているという設定に鳴っているらしいことを窺わせる場面があったにも関わらず、その前後10分ほどの、別の時刻を指している「コマ」がどこそこにある、などと指摘していることだった。これは私も気づいていなかった。そして先ほど触れたように、その根拠がコミックスの第何巻の何頁にある、ということが一つひとつ指摘されている。
 しかし、本書全体はおおまかに言って、時間毎に区切られて述べられ、そして時にそれにまつわる統計が掲載される、というように、ストーリーを追いながら、思い出を愉しむ、という形をとっている。それによると、出会いは1980年であり、最後は1987年に至る。多少、作品を逸脱した、「めぞん一刻住民会議」の想像や願望で暴走しているところがあるが、その点は断って記しているのだ、原作がそうなっていた、と誤解はしにくいだろう。
 サザエさんは、ほぼ誰でも知っている 国民的番組だと言ってよいだろうし、ドラえもんにしても、知らない人はいないものと思われる。だがめぞん一刻については、知る人の方が少ないだろうと思われるし、それについてこれだけのマニアックな調査と蘊蓄を並べてみても、どれほど読まれたのか、私には分からない。
いまふと見ると、本書は某販売サイトで、2500円以下では手に入らないらしい。私はもちろん、100円で見つけたのだった。何年の何月何日に誰と墓参しどのようなことがあったか、といったデータまで含まれた本書は、ファンにはうれしい「まとめ」である。惜しむらくは、そのデータが何頁にあるか、「索引」があれば、もっと使い回しがよかった。これはもう、学術書に近いくらいの、愉快な研究所である。
なお、著作権の関係であろう、本書にはキャラクターのイラストなどは全くない。そこだけは、お求めの方に、ご了承戴きたい所存である。




Takapan
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