本

『免疫の意味論』

ホンとの本

『免疫の意味論』
多田富雄
青土社
\2200+
1993.4.

 やはり領域外では存じ上げないすばらしい方がいらっしゃるもので、ワクチンについての記事の中から、この多田富雄氏について知ることとなり、読みたいと思って取り寄せた。
 なかなかハードではあった。だが、これは専門家のためのものではない。繰り返しよく説明してくれるので、それなりに分かったような気になってくるから面白い。もちろん、私自身がこの問題に関心を寄せていたからではあるものの、説明の技術は非常に高いものを感じた。
 新型コロナウイルスからワクチン、そして免疫という問題につながっていくわけだが、免疫というものは、自己と非自己との区別の脈絡で起こるものである。待てよ、自己というのは、哲学的なテーマではなかったか。カントならばそれを現象としてならともかく、超越論敵主体としては、ただ「考える」というものだとしてのほかは認識できないなどとせざるをえなかった代物だ。ドイツ観念論はそれに物足りないがために、ある意味でまた独断論のようなことをしたのだが、歴史や自然をダイナミックに理解する構造を示した。
 その自己なるものが、細胞レベルで問われるとき、いったい自己とは何かという問題にも、少なからぬ影響を与える科学的見解だとは言えないだろうか。
 いったい自己とは脳なのか、身体なのか。免疫機能をその自己の縁とするならば、ひとつ胸腺というところに鍵があるものとしておこうか。ではその免疫はどのようにして、非自己なるものを認識するのか。これを「免疫の認識論」という章で掲げるあたり、心憎いような気もする。しかし、本来の自己を、非自己だと誤認してしまうとどうなるか。免疫細胞の暴走が始まり、自分を攻撃していく。新型コロナウイルスの場合、これで肺胞が破壊されて死に至るメカニズムがあるはずだ。そのようになる前の基本的作用が本書では丁寧に語られる。
 このようなダイナミックな細胞における自己の認識を捉えていくと、果たして自己なるものが、人格の中核に固定されて存在するあるものとして見なされていてよいのだろうかと疑い始めることになる。活動しつつあるその動きの中にこそ、自己と呼ぶに相応しいものがあるのではないだろうか。
 その自己の終末活動がやがてなされることになる。いわゆる老化である。自己は細胞の入れかわりで絶えず流動的でありながら、そのシステムが崩れていくものとしても捉えることができるようだ。他方では、分裂細胞におけるテロメアの件などから、細胞自体の寿命というものについても近年研究が進んでいるが、本書はあくまでも免疫に関する限りの解説が進められていく。
 その後本書は、当時の大きな問題としてのエイズが話題になる。エイズウイルスについてその働きが丁寧に語られ、またその免疫機能が破滅的になること、また変異が甚だしい故に抑えようがないことなど、詳しく説明されていくが、それは2020年から新型コロナウイルスについての説明の需要が大きくなったこととパラレルなのだろうと思う。
 それからアレルギーとは何か。そのメカニズムは、やはりその当時を含め近年増大したアレルギー反応とはどういうことかを語るものであろう。しかし、まだ分からないことが多いような書き方がしてある。逆に現代ではそれが分かったというのだろうか。それを調べるのは読者一人ひとりなのであるが、この類の生物学は数年で様変わりするほどの研究の進展があるため、医学者たちの奮闘を期待するところである。
 自己という視点をもつときに、類似概念として、内と外という観点から人間を捉えることが可能であろう。よく、消化器官は体外だとも言える、などという話があるが、私たちは体外から、非自己を取り入れることで生きている。それを攻撃している場合ではない。しかし何でも受け容れてよいわけでもない。その行動を著者は「寛容」と呼ぶが、この「寛容」は、世界全体を大きな生体であると見なすならば、内なる国々、人々の間でぜひとも取り入れなければならないものと言えよう。多田富雄氏は、晩年やはりこの免疫から知るようになれる文化によって、社会機能の中に「寛容」が必要であることを説いていた、とも聞く。そのように考えるならば、本当にこれらの研究は、哲学そのものだとも言えそうである。
 最後には強敵、癌の仕組みが語られる。自分の中の細胞が癌化するとなると、いままで自己だったものを、非自己として攻撃するということになるのだろうか。自己と非自己との狭間にある癌について考えるためには、もしかすると哲学的な検討が役立つのではないかというような期待もしてしまった。
 自己と非自己についての考察が、ほんとうの最後に控えている。自己は、行為の集合としての自己である、と著者は掲げる。少なくとも、単純に自己があって、非自己があるから免疫が、などといった理論には決してならないということを、著者は訴えているように見える。今回は著者も、免疫機能に的を絞った叙述をしているから、この自己についての哲学めいた議論には走らないのだが、実はそのような点を述べたとされる、本書のいわば続編のようなものが出ている。『生命の意味論』という著作である。私は早速、そちらも読もうと注文したのであった。雑誌「現代思想」に十二回にわたり連載されてきた記事を中心として、本書は成立した。非常に評判のよい本である。手強かったが、もう少し知識が得られて後に、また読んでみたいと思った。




Takapan
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