本

『明治生まれの日本語』

ホンとの本

『明治生まれの日本語』
飛田良文
角川ソフィア文庫
\880+
2019.6.

 2002年に単行本として出版されたものが、手に取りやすい文庫で世に出ることになった。これは有り難い。書店で見かけてこれはぜひ読みたいと思った。明治期に、西洋文明が入ってきて、日本語は大いに刺激を受けたはずだ。その時につくられた単語が数多いことは周知であったし、哲学のように西周が訳語として導入した語も多いと聞いている。残念ながら、小崎弘道がYMCAに関して生み出した「青年」は本書には取り入れられていなかったが、それにしても明治期の辞書の類はもちろん、文学作品からも探し出して、初出のみならず、どういう意味合いで登場したのが最初かというところまで念入りに調べ上げた著者の力量は敬服するほかにない。巻末に、一語に十年かかると言われているものだ、と言葉の使われ方についての調査への戒めが記されれているが、そうなると著者は何百年生きてきたのだろうかと思われるほどである。
 言葉の分析には、様々なアプローチが可能で、文体やら口調やら、調べてみるときりがないほどだが、本書は専ら単語である。最初は「東京」から窓が開かれるが、東の京という程度のことなら小学生相手にでも言えるものだが、そもそも読み方がはっきりしていなかったというあたりについては知らなかった。直後にアレクサが、その話題を教えてくれたときに、知ってるよ、と思わず得意げになった自分が少し可愛かった。
 電報や年賀状という言葉については、要するにその「モノ」がどのように生まれ、普及していたのか、という点が肝要である。従って、それは言葉の歴史のみならず、文明史や風俗史にもなっていく。著者は調べるのに大変だったことだろう。
 と、「時間」という抽象的な言葉も混じってくる。これはしかし、時間概念という点で近代の社会学でどう捉えられるかというあたりを別の本で最近味わったところだったので、私は個人的に、心の中で注釈を加えながら、しかしなお日本語としてのその後の現れた過程を教えられつつ、楽しませて戴いた。
 英語の訳でおなじみの「彼女」も調べられている。もちろんこれが新しい語だということは分かっているが、読み方が様々で面白かった。文学的に採用されはしたものの、やはりいまでもこれは日常的にはなじまない代名詞であるような気がしてならないのは、漢語だからというだけの理由ではないだろうが、明らかに作られた印象が強いからなのかもしれない。ここから、恋愛だの新婚旅行や家庭だの、生活関連の語が並ぶ。明治時代というのは、やはり新しい生活スタイルがいまに限りなく近づいてきた時代であったのだ。
 最後の章では、「してしまう」の意味の「しちゃう」の言い方や、犬の名の「ぽち」の由来など、微笑ましい話題が並ぶが、その後は個人とか権利とか堅い言葉に変わり、最後は常識・科学・哲学で結ばれる。さすがに哲学だけは、おおまかには知っていたが、興味深い言葉についての調査に感謝したいものである。
 ところどころ、著者自身の感想や、受けた教訓、さらに読者への問いかけなどがさらりと混じってきて、読者としての楽しみも覚えられ、読後も爽やかである。少しずつ読んでいけるし、電車の中でのお供にも、如何だろうか。今の言葉の行方も占えるかもしれない。




Takapan
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