本

『数学大図鑑』

ホンとの本

『数学大図鑑』
カール・ワルツほか
竹内薫日本語訳監修・日暮雅道訳
河出書房新社
\4900+
2024.9.

 重い本である。しっかりした装丁の図鑑であり、図書館で十分使用に耐えるものとなっている。「The Maths Book」という原題であり、邦訳では「世界を知る新しい教科書」という副題のようなものが書かれている。さも数学的であるようなイラストが薄く表紙を飾るが、とにかくこのB5を横に拡大したようなほどの大きさと、ずっしりとしたその重さがぐっとくる。
 数学にまつわる一般的な考えが、歴史を縦断するように幾人かの数学者の言葉などで綴られた後、古代から順を追って、数学の歴史が語られる。
 当初は文明単位だが、次第に特定の人物に焦点を当てた形で綴られてゆく。たとえば「π」であれば、「主要人物」としてアルキメデスが取り上げられ、さらにその数学的「分野」、その項目に関する「それまで」の歴史的人物や発見など、さらに「その他」参考になる歴史事項といったものが、左のコーナーに整理されている。そこから説明が、数学者の言葉などを掲げつつ、文章で記されるが、ひとつは恰もアルゴリズムのように、何が問題となり、どのような発想がそのとき生まれたか、ということが整理される。また、できるかぎりその発見や定理などについて、図示された形の場所があって、ただだらだらと文章を読ませるということを回避している。この図示は、小学生に円周率を教えるときの図と同じものがあり、小学生でも理解可能な内容と言える。但し、表現は文字式なので、中学生あたりがちょうどよいだろう。
 また、その主要人物の人となりについて語るコラムが右下に用意されるため、ごく簡潔ながら伝記的な理解も可能である。必要な写真資料や現代科学への応用についても触れられ、この「π」については、惑星や衛星の探査に於いて、その表面積を見積もることで、木星の衛星エウロパの地表下にどれほどの水素があるかの計算をした、というような話が書いてある。
 時代の区切りも明確で、利用者の理解のしやすさを心がけているようである。「中世」は500年から1500年まで、というように分かりやすくしている。そこから1680年までは「ルネサンス期」であるが、この辺りで私たち素人が分かるようなだいたいのところはもう出そろうようになる。中世ではすでに3次方程式まで進んでいるし、フィボナッチ数列もこの時期である。「ルネサンス期」となると、黄金比はもちろんだが、虚数と複素数も見出されている。対数や射影幾何学もあり、確率や微積分学。そして二進数もこの時期とされているから、人類は昔からやはり賢かったのだ。
 しかしそれを「技術」というレベルで実現するためには、近代の時期が必要であったから、こうした点を冷静に見ることによって、「科学」と「技術」とが単純に同一視されてはならないことがはっきりするだろうと思う。「数学」が純粋に計算の妙というようなものとして捉えられていたのだとすれば、古い文献に於いて「数学」と呼んでいるものについて、どのような角度からどのような意味合いでそう呼んでいたのか、ということは、私たちのいまの常識や感覚で決めつけてはならないことがよく分かる。
 1800年までの「啓蒙思想期」となるとニュートンの運動の法則やオイラー数はもちろんのこと、ゴールドバッハ予想など、いまなお解決がつかないものも出てくる。19世紀にはフーリエ解析やポアソン分布、ベッセル関数というような、大学の数学に関するものが並ぶことが多くなり、ラプラスの悪魔など、いまの物理学の本にもよく出てくるものも登場する。群論からブール代数からリーマン予想というような、ともすれば「現代」と呼びそうなものも現れるが、非ユークリッド幾何学が見出されたことで、宇宙研究も大きく変わってくる時代である。トポロジーの誕生も大きなエポックであった。
 そこからは「現代数学」と呼ばれるが、こうなると、現代の啓蒙的な本ではもう賄えないほど、最先端のことへつ走ってゆくようにも思える。ミンコフスキー空間とかブルバキのこととかは、それなりにものの本で聞いてはいても、タクシー数とは何だろう。バタフライ効果は別の分野で聞くことがあるし、ファジィ論理は、電気製品で知られるようになった。四色定理は、子どもにも関心がもてる話題であるし、フェルマーの最終定理も、中学生ならば言っていることは理解できる。だが、フェルマーの最終定理が解決されたというのは、近年大ニュースになったことであった。ただ、情報理論や暗号技術となると、現代社会を支える思想であると共に、ともすれば戦争への応用という意味でも、立ち止まりたくなるものを突きつけてくるような気もする。
 チューリンクマシンももちろん現代文明のために決定的で重要な役割を果たした。ただ、チューリングが同性愛ということで社会が職を奪うなど厳しく追いつめ、自死に至らしめたというようなエピソードが語られると、数学大図鑑でありながら、人間とは何か、教会が何をしてきたか、ということで、心がズキズキと痛まざるをえないのであった。
 もちろん索引もしっかりしている。一気に読ませてもらったが、本当は必要に応じて眺めるべきものだろう。それでも私は、これを読み通したことが、何かを考えさせるものだったような気がする。できれば、そのような読み方をして、どんなことが心をよぎるか、試して戴けたら、とも願う。




Takapan
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