本

『マンガでマスター 手話教室』

ホンとの本

『マンガでマスター 手話教室』
山田せいこ原作
藤科遥市漫画
早瀬憲太郎監修
ポプラ社
\1000+
2018.2.

 私が知る限り、これにまさる手話入門の本はない。そう思った。小学四年生の少年を主人公に、出会ったろうの少女との関わりを通じて、手話を紹介していくストーリーのマンガが流れていく。しかしマンガだけではない。手話について、ふりがなまで付いた丁寧な解説が随所に挟まれ、終わりのほうでは専ら写真による手話の文や単語を教えてくれるという構成になっている。実用的で、自然な学びができるようになっており、しかもストーリーがあるので惹きこまれ方がまた違う。少年がやる気を出すのと並行して、読者もその気持に乗せられていくようでもある。
 監修の早瀬憲太郎さんは、かつて「みんなの手話」の講師を務めたこともある、教育者でありスポーツ選手である。マンガのストーリーの中に実名で登場し、少年を指導していくのにも驚いた。この教育についての主流のほかに、デフリンピックの紹介も最後にちゃんとなされている。
 手話について、一般の聴者、とくに若い子どもたちに対してではあるが、私の見立てでは大人も同じようなものだと思う、そういう人々が疑問をもつ場合、またためらう気持ちなどもソフトに指摘され、一度ろう者と触れ合ってみることで世界が変わっていくであろうことを期待させている。全くその通りだと私も思う。
 実はマンガ自体、私の心をくすぐるもので、目に熱いものが浮かんできた。マンガとしてもよい作品だ。その上、手話やろう者についての適切な理解ができるような配慮の行き届いた、たいへん良い本だと感じる。ろう者がどういう生活を必要としていて、どんな工夫がなされているか、の紹介もある。しかしやはり、ろう者が気の毒だとか不幸だとかいうことは全くないが、社会が、聞こえない人が生活しにくいように発展しすぎてしまった点について、聴者に気づかせてくれるような運びが特にいい。朝どうやって目が覚めるのか、ということだけでも、はっと気づかせてもらえたら、理解も始まるのだ。
 それもいいが実際に手話を覚えたいぞ、と訝しく思う人もいることだろう。しかしこの本には、指文字や都道府県、数字などの基礎の手話も全部載っている。時制については、その構造の含めて解説がなされており、ただ指の形だけを覚えるのとは違うということを正しく教えてくれる。強いて言えば、行動については日常的なものはたいてい収められているのだが、感情表現はあまり強調されていない。もちろん単語については、これ一冊で完全などと言うつもりもないし、その必要もない。しかしこれをスタートとして手話に近づくには、恰好の一冊だと思うのだ。
 小学四年生というのは、こうした障害者や福祉について学ぶ学年である。実際に施設を訪ねたり、当事者を講師に招いて学ぶなどが実際に行われている。その年代にドンピシャリ狙ってきたというのはうなずける。そして小学四年生ならば十分に読めるような書き方、ふりがなが備えられている。けれども、だからといって、本書は小学生向けのものでしかないとは思わない。挙げてきたように、ろう社会や文化についての解説が、ほんとうに適切によくなされているものだから、これは大人が読んで十分役立つものとなっているし、また大人だから、一読で理解しやすい部分もより増えることになる。大人が、いざ手話を覚えたいというときに探す本として、これはきっと一番手に挙げられてよいと思うのである。最初にこんなに入りやすい本はないように見える。
 私の印象だが、この本を貫くテーマがあるとして、それを短い言葉で表すとすれば、「世界」を挙げてみたい。早瀬さんは言っている。生まれた時からろうである者にとって、音のない世界が当たり前すぎて、それがなにも悪いことだとは考えていない。しかし、そうでない世界を生きている人が多い。互いにコミュニケーションがとりやすくできないか。互いに理解して、心を通じ合えないか。いま自分が知っている世界が、世界のすべてではない。新しい世界を知るために、そして互いの世界を結びつくために。この手話の紹介が、役立てばよいと考えているそうなのである。
 私も、大いに賛成の手を挙げたい。




Takapan
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