『学び直し高校物理』
田口義弘
講談社現代新書2738
\1200+
2024.2.
ここのところの本の価格の高騰は、出版社の事情は考慮するも、こちらが痛いのは実に苦しい。ただ、この講談社現代新書も、きれいになったものだ。内容か内容だけに、カラーを駆使しており、しかも写真や図版が数多いために紙質も良いとあれば、この価格はむしろ安くさえ思えるから、感覚の麻痺というものはなかなかのものだ。
269頁の中に、25のChapterを抱え、高校物理の内容から殆ど出ないように配慮しつつ、それでもそれを超えたところにある物理学を射程に置くような形で、最後まで突っ走る。解説が適切なのは言うまでもないが、実に分かりやすい。物理から離れて久しい私にも、「あるある」と膝を叩かせるだけの力をもっているから、これが多くのアダルトたちに良い風を吹かせてくれることは間違いない。
著者が凄い人である。「あの現代新書に? キャー」みたいなノリの「おわりに」を見たら信じられなくなる、凄いプロフィールが紹介されている。スタンフォード大学とエルゼビア社による「世界で最も影響力のある研究者トップ2%」に2021年度から2023年度まで3年連続で選ばれた――もうこの権威だけでひれ伏してしまいそうである。
本書のサブタイトルは「挫折者のための超入門」とあるが、これが購買欲をそそる。そして、その言葉は最後まで裏切らない。「はじめに」では、「すべての現象には必ず理由がある」と、ガリレオのセリフまで呼び込んで、読者の肩の力を抜かせる。
目次を見ると、「力学編」「電磁気学編」「熱力学編」「波動編」そして「原子・分子編」とまとまってゆく。最後は、「この世の物質は「波」である!」で結ばれている。次の世界を見せてくれる、よい入口となつているかもしれない。
イラストとその解説が、それぞれ絶妙にマッチして、惚れ惚れするくらい迫ってくる。中3で簡単に、当たり前のことのように触れられる「等速直線運動」でも、それでは宇宙空間において「直線」とはどういうことか、をすぐに問う。蜃気楼などの光が曲がることを経て、「等速直線運動」が如何に難しいものかを示す。しかしそのことこそが、現実の宇宙と物理法則を、私たちに迫らせるのだ。
かと思えば、「揚力」そのものは高校物理には出てこない、流体のなせる業であるのだが、それを敢えて取り上げ、飛行機の飛ぶ角度や、プロペラとスクリューの違いを明確に描くなど、実に面白い説明が続く。
物理だから、関係式は数多く登場する。だが、それを本書では、文字式ではぶつけてこない。すべて言葉で示す。それらが掛けられているのは割られているのか、それは明らかにしないと、関係を叙述できないだろう。だが、文字がたくさん並べられても、それを言葉に直して理解するのに、ワンクッション必要になるのだ。確かに、昔憶えた公式が、それを読んでいるときに脳裏に浮かび上がるときはある。だが、それは個々人で楽しめばよい。「運動量=質量×速度」でよいし、「エネルギー=質量×光速2」でよいのだ。
しかし、そういうものだと習い覚えていた者にとっては、ショッキングなことに出会うこともある。「摩擦」については、実はよく分かっていない、というのだ。そして、動摩擦力というのは「力」ではないのだ、と言ってくる。さらに、よく分かっていないからこそ、地震を起こすプレートの摩擦を計算できないでいるのだ、とする。生活の中で「摩擦」はありふれたものだから、扱っているのだろうと言いながらも、このように分からないことの分からない意義のようなものまでも、教えてくれるのには、ワクワクするものだ。
電流についても面白かった。そうしたことの発見事情も紹介してくれるが、特に距離については、「逆二乗則」が、細々とした電流の出来事だけでなく、テレビのブラウン管の存在をも生み出したとなると、興味を惹かれるではないか。
発明王と言われるエジソンだが、その陰に、匹敵する人々がいて、また、エジソンはビジネスでは頑固に染まり失敗しているというエピソードも語られる。エジソンは、電力の供給に、直流電流を主張したのだ。しかも、死刑台にかこつけて相手を非難する、いわば汚い手も使っていたのだが、効果からしても、交流派に負けてしまった。
電子レンジの仕組みも、熱力学の法則や、自動車の内燃機関が特殊である理由など、興味は尽きない。そして、「なぜ、人は音を見ることができないのか?」という問いは、哲学的ですらある。音は、音源が見えなくても届くというのは、どういうことなのか、と問うているのだ。光も音も波であるのならば、どうしてこうも違うのか。もちろん、これは哲学的な議論ではない。波長に関して、明確な解答があることを申し添えておく。また、音を見ているコウモリのような動物もいるのであり、そのとき、音は光と同様に直進性を有するものとして機能しているのであるという。
最後の方で、ピタゴラスイッチの「アルゴリズム体操」が図解してある頁に遭遇し、大笑いしてしまった。波が空間を伝わってゆく際、周波数が変えられないことの説明に登場したのである。いやあ、楽しい本だった。これは高校生の学習にどこまで使えるか分からないが、「なるほど」と思えると、数式の処理にも強くなるかもしれない。本当に物理が好きならば、高校生もぜひ手に取って戴きたい。そして、数式を使わないで物理を振り返りたい大人たちには、もちろん、最高の知的遊具の一つとなっていること、請け合いである。

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