本

『マコとルミとチイ』

ホンとの本

『マコとルミとチイ』
手塚治虫
大都社
\600
1988.1.

 17回にわたり、子育ての様子を、実話混じり、創作混じりで、自分の家族をモデルにマンガにしてくれた。1979年から「主婦の友」に連載されたらしい。現在秋田文庫など別の版もあり、電子書籍としても読めるようになっているので有難い。
 手塚作品としては、きわめて私小説的な内容であり、事実としての教育観や世相を盛り込みながら、親しみやすく描かれていることは間違いない。その意味で大きなドラマが展開するわけでもなく、日常の細々とした生活感溢れる内容となっており、手塚らしさが薄いのかもしれないが、私は人となりが見えて十分愉しませてもらった。
 事実より創作が多いと著者自らあとがきで触れているように見えるが、ルミとして描かれた長女当人の述懐によると、半分以上は事実だろうということで、確かにそうでないと描けないようなことがあるだろうと思う。
 もとより、長男のマコが、特別な使命を帯びてこの世に誕生するというあたりは、元来の手塚治虫らしいSFの遊び心に満ちた構成になっているが、話によるとこれはあまり読者の女性たちに好まれなかったということで、途中からこの設定は持ち出されなくなる。最初からこの能力はやがて消えるという設定だったので、それも不自然でないところがさすがである。
 子どもを家庭で育てるにあたり、現実に出会う様々な問題。抽象的に描いたところで分からないような、日常の小さな出来事、そこからくる夫婦の会話やそれぞれの立場、そんなことは現実体験の中でこそ味わわれることであろうし、描けることであろう。手塚治虫本人は、この物語に描かれているようなのんびりした父親ではなかったはずで、自分の結婚式も仕事で遅れるなどの有様に象徴されるように、殆ど子育てらしいものを負担していないのではないかとも思われるが、そのような話に聞くことが本当にすべてであるかどうかは分からない。実際にこんな夫婦の会話もあったのかもしれないと逆に信用してしまいそうだ。
 奥様が、手塚自身が理想とするような艶やかな女性として描かれているのは、サービスではないにしろ、読者層を考えてのことかもしれないが、物語について母親の位置をどう置くかということも感じさせていい。描かれ方としては、ルミがかなり道化役のような、そしてぶすっとしている顔ばかりで気の毒だが、実際のるみ子さんはもっと可愛かっただろうと思う。そうした描かれ方を許すということ自体が、ルミの持ち味だったのかもしれない。
 わずかだが実際の家族写真も掲載されていて、漫画の上でも実によく描けていることが分かる。そのあたりは手塚治虫だから当然かもしれないが、それにしても見事だ。きっとそれぞれの描かれた性格というのも、確かにそうだったのだろう。キャラクター設定としては、実際のモデルがあれば、決して難しいものではないだろうとは思うし、エピソードそのものも実際にあったことが基盤にあればネタそのものには困らないだろう。だが、それを短編のストーリーにしていくことは、必ずしも楽なことではない。もちろん素人ではこうはいかないものだろうが、その中でフィクションをどう交えていくかということで、作家の真骨頂が現れることになるのだろう。その意味で、手塚ならではのストーリー展開も味わえる。
 また、だからこそ無理のない事件や描写が続く、安心して見ていられるものだとも言えるし、当時まだ漫画というものにもしかすると抵抗を覚える人も少なくなかったであろう大人の女性たちにも、ゆっくりと漫画世界への扉を開けることをしてくれたのではないか、とも想像してみる。そんな楽しみも与えてくれた。
 子育てをした方、いまなさっている方、読んで損はないはずだ。




Takapan
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