本

『負ける人は無駄な練習をする』

ホンとの本

『負ける人は無駄な練習をする』
水谷隼
卓球王国
\1500+
2016.3.

 息子が卓球部にいたことで、名前くらいは知っていたし、ニュースになればすごいなあと拍手する程度の認識しかなかったのだが、著書があると聞くと、この人の考えに触れることができると楽しみだった。題自体が刺激的であるが、内容はもっと激しかった。日本チャンピオンとして強いことは分かるのだが、今回そのメンタルな面が綴られていて、それはそれは強者の論理が徹底していたのである。副題には「卓球王・勝者のメンタリティー」と記されている。本人も言っているのだが、チャンピオンになるということは、異常なところがなければならないのだという。お人好しではいけないし、並の知恵や練習程度でなることはできないのである。技術てきなことについても著書がすでにあるそうだが、今回はメンタルな面である。
 自分に自信を持て、そんなことを言うために本が書かれてわけではない。どうしたら自信が持てるか、ならよいかもしれないが、そういう精神論的な話ではどうやらなさそうだ。卓球の世界大会の現場で何を考えているのか、どうなればどうなのか、その得点のときの選手の腹のさぐり合いの火花が散っている情景が浮かんでこなければならない。もちろん練習で自信はつけていくものである。しかし、試合となると、しかも世界一を決めようかというような場面において、やはりその地位にいるものでしか分からない考え方や態度などがあるらしい。
 いやはや、半端ではなかった。ただでさえ卓球についてはド素人であるのに、この最先端の現場で何を考えているのか、どうか考えるべきかといった連続パンチにたじたじである。
 選手としてはもちろんのこと、それを文章化して伝えるという点でもなら外れた才覚のある人らしい。この本を著した時点で、世界ランキング7位。上には上がいるものであるが、チャレンジャーとしての見事な姿勢は敬服せざるをえない。節制の仕方についてまでも触れ、何を備えどのような考えをもって現場で戦っているのか、あるいは練習をしているのか。雲の上のような話が続く。
 ショッキングなタイトルであるが、無駄ならぬ練習とはどういうことは、それはぜひ本書を紐解いて戴きたい。かといって、読んでなるほどと思えるかどうかも分からない。ただ、読みながら、著者自身、他のスポーツに携わる人にも読んでもらいたいという考えである点に、自分でも読んでよいのかと思えるようになった。あるいはスポーツに限らず、あらゆる場面で勝ち抜くための知恵がふんだんに示されている。下手な啓発書にお金を使うくらいなら、こうした実のある言葉に触れたほうがきっといいと思う。
 卓球を通して人間性を育てる……そんな考えと、著者の考えとは対極にある。勝つことがすべてだ。勝つためには何をすればよいのか、どう考えればよいのか。あるいは逆に、負けるには負けるなりの必然性があるともいえる。卓球がすべてだ、と著者は断言する。そうでないと勝てないというのだ。
 ロシアのプロリーグで活躍する選手である著者は、日本でやっていても自分より強い者がいないし、それで日本一などということで満足していても、世界で戦って勝てるはずがない、とこれまた断言する。それだから海外で戦うのだ。世界選手権で勝つためには、それでなければならない。そういう論理であるからこそ、書かれてあることを読むにはずいぶん勇気が必要だろう。勝負に生きるというのは、そういうことなのだ、と、読み終える頃にようやくおぼろげに見えてくる。
 こういう書き方ができる人が羨ましい。誰に遠慮もしていないし、思いやるなどということが微塵もない。勝つための論理である。冷酷なほどに自己本意な態度である。けれども勝負とはそうあるべきものなのだ。パウロも、スポーツ選手のことを触れて、キリストへ向かう私たちの姿勢を正しているが、まさにそういう世界のことなのである。
 こうして、卓球の日本チャンピオンの考えに触れた。一人の人格として意識するようになるわけだが、試合の現場でも、こんなことを考えているのだろうか、と思える楽しみができた。応援させて戴こう。




Takapan
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