『まぼろしの小さい犬』
フィリパ・ピアス
猪熊葉子訳
岩波書店
\1796+
1989.7.
無粋なところから入るが、240頁ほどで、税込み1850円。1989年は、いまこれを書いているときから見ると36年前。児童文学であることを考えると、なかなかの価格ではないだろうか。2025年のいま、この価格で売っていても、私は少々高いなあと買い渋りそうである。さすがにいまではこの形態ではなく、岩波少年文庫として、千円未満で販売されている。文字がたぶんこちらよりも小さくなっているだろうと思うが、
ピアスというと、『トムは真夜中の庭で』が一番に挙る作家であるかもしれない。それはそれとして、こちらも、少年の体験が生き生きと綴られていて、臨場感もあり、秀作であると言えるのではないか。
本書を知るきっかけは、河合隼雄氏の本であった。少年の成長のために、老人との出会いや老人との関係が鍵になる物語というのは、それほど多くないそうだ。だがよいものがあって、そのうちの一つとして、本書が挙っていたのである。
主人公はベンという名の少年。十歳前後だろうか。ロンドンに住んでいるが、田舎の祖父母によく可愛がられていた。兄弟が多い家族であったが、その中で少し浮いた存在だったようで、それでよけいに祖父母との関わりに安堵を見出していたのではないかと思う。
祖父は犬を飼っていたが、その犬が産んだ子をあげようともちかけた。さて、ベンの誕生日に贈られたのは、犬は犬でも、小さなチワワの犬の絵であった。ベンは落胆する。ベンは、次に祖父母の家に行ったときに、その絵の話を聞き、やがてその小さな犬が、目を閉じれば生き生きとそこにいるような幻を見始めることになる。
筋道をご紹介するのはこの辺りで止めておくが、この後ベンには試練が与えられる。ベンは幻の小さな犬をいつしか愛していたから、本当に犬の子をプレゼントされたときには、今度は幻の犬の方が、ベンにとって現実のものであるような気がしてならないのだった。
少年の成長の物語。それは、ありきたりの展開であるかもしれない。
だが、自分の心の中にあるものと、現実のものとの違いに戸惑うということは、誰にでもあることかもしれない。
私は、小学校高学年のときに、恋をした。初恋、と呼べるものは、もっと幼いときであったが、このときの恋は、現実的な行動を起こした。もちろん、可愛いものではあったが、彼女との接触を試み、その家庭にうまく溶けこむようなことまでしていたのだ。
だが、たかが小学生。何をどうする、ということはできない。そういうとき、私は心の中で、彼女との物語をよく空想した。こんなふうに言ったら、こう反応して……それは、さながらひとつの恋の物語の展開であった。他愛もないものではあったが、あるシチュエーションで、彼女との生き生きとした場面が確かに私の心の中で舞台のように展開していた。もちろん、私はその舞台にいる当人であったし、彼女は、私の意のままに反応し、私にめいっぱい好意を寄せてくれるというものだった。そうやって、ずいぶんと長い時間を、空想物語に浸っていることがあったのだ。
しかし、彼女からすれば私は、後々、幼なじみという程度の認識であることが明らかになったほどで、一緒に遊びはするが、私が思うような感情を交えた経験とはなることがなかった。
ふと、そういう頃のことが蘇ってきた。そう、この物語のベンと、通じるものを確かに感じたのだ。
奇妙な本の紹介となったが、何がお伝えすることができただろうか。

た
か
ぱ
ん
ワ
イ
ド