『妻と共に生きる』
三浦光世
角川文庫
\419+
2000.6.
そもそも私が聖書へと向かったのは、三浦綾子の小説からだった。友だちに、いいよと勧められて読んだ物語の中に、ほんとうにさりげなく引用されていた詩編の言葉が、物語と相俟って、心に留まった。それで聖書を読んでみようか、という気になったのだ。
哲学で、西洋哲学を学んだのは、西洋の考えの間違いを指摘しよう、というためだった。ギリシア哲学はそこそこ学んだ。だが、思えばキリスト教というもうひとつの核については、噂話を耳にしているという程度の知識しかなかった。神学どころか、聖書さえまともに読んだことがなかったのである。それで、その機会に聖書を読んでみよう、と考えたのである。
その後、三浦綾子の自伝的小説を初め、作品のいくらかには触れた。信仰の確信のために、大いに力を与えられた。その意味では、恩人である。
夫の三浦光世についても、当然いろいろ伝え聞いていた。病気と付き合い続けた三浦綾子は、1999年、亡くなった。10月のことだったが、その後2014年、同じ10月に光世も旅立った。
本書は、綾子がまだ存命中に、夫が夫婦のことを記した文章からできている。綾子自身も、自分と夫婦、また作家生活について、折に触れて綴っているが、夫の側からの眼差しというものは、また新鮮である。そこに起こった事態は同じことであったはずなのに、見え方が違うし、描き方が違う。ここには、二人の出会いから結婚への道が、光世サイドからたっぷりと描かれている。また、「氷点」を書いて鮮烈なデビューをするまで、そしてそこから作家活動に入ってゆく経緯などが載っている。そして、それからの綾子の病気との闘いにも一部触れた時点で結ばれているが、本書は元々単行本として、1995年に発行されている。時の病状も、現在進行形として記録されていることになる。
二人を結びつけたのは、信仰であり、聖書であった。さらにいえば、根源は神であった。二人が作品を出していた頃に、私も信仰を与えられていたために、この世代のキリスト者の生き方は、三浦夫妻がひとつのモデルというか、模範であったということになる。もちろん、お二人のように生きられるとは思っていない。徹底した信仰と、神に従おうとする生き方、そしてしくじりからも常に学び、立ち上がってゆく力、どれをとっても模範とするに相応しい姿であった。
綾子の作家活動は、長らく口述筆記によった。体力的なこともあったのだろうが、こうなると作品は光世との共同製作のような意味合いがあることになるかもしれない。もちろん光世は、作品内容に口出しをせず、筆記に専念していたはずではあるが、ごく稀に、意見は口にしたらしい。口述する綾子にしても、その技術はただならぬものである。書きことばと話しことばとは当然違う。論理も変わってくる。それを、ひたすら語りながら、書きことばとして完成させてゆくというのは、簡単にできるものではない。それを長く実践したお二人には、本当に頭が下がる。
だが、時代的なものもあるとはいえ、パウロもまた口述で書簡を遺している。そのため、口癖の語が頻繁に並んだり、やや文意の通りづらいところがあったりするとも言われるから、口述を常態としていたパウロでさえ、簡単なものではなかったものと思われる。
それが、この三浦文学である。それは、純文学と呼ぶことは難しいかもしれない。敢えていれば信仰文学とでも言うべきだろうか。私のように、そこから信仰に導かれた者が幾らいるか計り知れない。敬服の一言である。
お二人は、短歌も嗜んでいる。本書も、一つひとつの場面がエッセイのように描き出されているが、随所に短歌が載せられている。そのときの二人の心が、しかも真意が、よく表されていると思う。
敢えて、本書の内容をここで並べることはしなかった。それは、ぜひ直に触れて戴きたいからである。本書は、三浦文学をたとえひとつも読んだことがない人にも、十分読みこなせるものだと思う。前川さんという人のことは、説明はされているが、他で詳しく知っておけば、よりわかりやすいだろうとは思うが、それでも男女の出会いと信頼、それから夫婦でどうやって生きてゆくか、そんな素朴な日常を垣間見るだけでも、何か生き方というものに訴えるものがあることだろう。
それにしても、光世サイドからの描写である。綾子サイドからは見えない景色が確かにある。それによると、綾子さんは、なんと可愛い女性なのだろう。自身が描く自身の姿とは、また違う彼女の魅力が、本書にはよく現れている。それを知るためにも、光世の目というものは、ありがたいものである。

た
か
ぱ
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イ
ド