本

『中高生からのライフ&セックス サバイバルガイド』

ホンとの本

『中高生からのライフ&セックス サバイバルガイド』
松本俊彦・岩室紳也・古川潤哉編
日本評論社
\1400+
2016.8.

 心理学の「こころの科学」のいわば増刊号である。数年前にも、似た企画があった。薬物依存などへの危険も語られていたが、今回は、より心の問題に関わり、いじめに始まり、うつや自己否定、さらにセックスの話題にもずばり踏み込み、トラブルから逃げることへの指針も紹介してある。多くの知者の考えが紹介され、すべてが、実際に中高生に呼びかける形になっている。中高生がこの1500円を超える額を支払って買うのは勇気が要ると思われるが、呼びかけられて助けられるということは十分にあるだろう、あるいはあってほしいと願う。
 サバイバルと掲げているのは決して大げさではない。ほんとうに、命を絶つことへの一歩手前の段階のような心に向けてのメッセージやアドバイスがここにある。なんとか生きてほしい。そのためにはどうしたらよいか。偉そうな心理学者の先生が理論を述べるのではない。そういう偉い先生も一部いるが、現実に子どもたちと向かい合って共に悩み傷ついてきた体験の中から語りかけてくれる。逆にまた、多くの青年たちの事例を知っているから、抜け道や心の向け方の知恵も授けてくれる。他方、学者でない人も多い。ライターも幾人があるが、自信が傷つき、疲れて自殺さえ試みた、そういう経験を踏まえて呼びかけている。
 元AV女優のメッセージも生々しい。それは演技であり虚構であるという前提でやっていたが、まさかAVが実際のセックスのテキストになっているとは分からなかったというのも、かつての若い時代だからやむをえないかもしれないが、そこに気づいた彼女は、啓発運動に精力的に働く。彼女は、この本の発行の前日に、喘息のためか亡くなっているのが発見されたという衝撃的なニュースもあったが当然本書では触れられていない。よい仕事をしてくださった。
 僧侶で、こうした青少年のために尽力している人もいる。仏教の立場からではあるが、宗教的宣伝というわけでなく、その教えから、希望を拓こうと努力している。とてもよいことを言っているし、実際に命を助けているというはたらきは貴重である。宗教者であるがゆえに、気づくことや見えているものもあろうかと思う。もちろん、建前的にいのちを大切に、などという教えを講じているわけではない。その「いのちを大切に」などという、教育政治のトップが言うような言葉が如何に嘘っぽいかということは、本書の端々に触れられている。問題はそんなことではないのだ、ということは、誰もが口に出している。その通りだと思う。
 キリスト教の牧師の原稿もあった。この方は男性同性愛者であるという。聖書の中にそれがどう描かれ、どう扱われてきた歴史があったかにも触れ、カミングアウトした自分が同じ悩みを持つ若者にエールを送っている。クリスチャンの方々は、ここだけでもぜひ読んで戴きたい。できれば、他の原稿もも読み、現に若者が何を悩んでいるのか、どうすれば助けになるのか、知ろうとして戴きたい。聖書の時代、ギリシア文化でもそうたが、同性愛は普通のことであった。コリント書やローマ書などでも不品行として挙げられたり、あるいは今も私たちはこれを私たちの観点から平然と裁く対象として扱っているが、社会事情からも、同性愛がひとつのノーマルな社会構成であったような背景があったということを、この方の原稿にさらに付け加えるならば、もっと私たちの見方も変わってくるのではないかと思われる。
 かなり特殊な世界が扱われているのかもしれない。若者が皆ここに描かれているというわけではないだろうと思う。しかし、特殊なケースが扱われていながらも、そこに通底するものは、多くの若い世代の共感を得るようなものであろうかと思う。教会で、若い世代の人が信仰告白をするのを聞く。そこに共通に潜む悩みや苦しみというものが、私はこの本を見ていて、つながっていくのを覚えたのだ。極端な例が挙げられているかのように見えながら、これは誰もがそこに流れてもおかしくはないような、共通の問題の中にある事柄なのだということに気付かされた。
 内容豊富である。大人が読んでも味がある。また、自分の子どもたちがどういうことを、問題にしているのか、理解しようという気持ちもはたらく。助けを必要としている中高生にぜひ読んでもらいたいが、アダルトたちがこれを理解しなければ意味がないという気がしてならない。知っていきたい。貴重な現場の、生の声なのである。




Takapan
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