本

『パウロからの手紙』

ホンとの本

『パウロからの手紙』
太田愛人
NHK出版
\1300+
2009.3.

 2007年から翌年にかけてNHKで放送された「こころの時代」の内容を単行本としたものだという。もちろん、それなりの編集をしてあることだろうから、放送を視聴しなければいけないということはなく、一冊の本としての完成度は高い。
 パウロ書簡のひとつひとつを辿りながらパウロの描いてきたものを紹介していく形をとる。おそらく執筆されたであろう順序に読んでいくことで、パウロの人生を辿る味わい方をしていくというのも興味深い。使徒言行録にも記されてはいるが、基本的に書簡でのみ知られるパウロの人物像である。パウロの真筆によると目されているものを読んでいくことにより、人間パウロに近づこうという試みとなっている。
 様々な議論や論究を試みようとするものではなく、パウロが何を言っているのか、またそれは何を背景としてどう理解するとよいのか、入門書としての役割を弁え、読者を安心させていると思うが、こうしたことができるのは、著者自身が深い学問的把握をしているのでなければできるものではない。
 さらに、読者の関心との接点を探すためか、西田幾多郎やプラトンなど哲学思想とのリンクも時折見られる。カール・バルトの名や、明治期のキリスト教の先駆者たちのことにも触れられる。だから、それなりの教養か知識かが彩りを添えることになるかもしれないが、もちろん細かなことまで知らなくても読みやすい文体であり、また内容である。
 私は今回、マーカーでのラインを少なめに引くことに決めて読み始めたのだが、それでも1頁に1本は引けているから、知らないことや心に残したいことがこの本にはたくさんあったということになる。
 もちろん、読者その人により、印象は違うだろう。あまりにも柔らかだと思う人もいるかもしれないし、難しすぎるとお思いの方もいることだろう。これがテレビのときには、もう少し解説色が強かったように思われる。実は、そのテレビのテキストを私はいまなお保管しているのだ。だから、単行本化されたときに、放送はされなかったがテレビのテキストの上巻の末尾に付け加えられた概論めいた部分が序章として付け加えられるというように、編集されていながらも、テレビ向けのソフトなまとめ方というよりも、やはりひとつの書物としての体裁を整えたという印象がある。こうして両方を手にすると、テレビテキストと単行本とがどのような関係になっているかを知ることもできて面白かった。
 それはそうと、パウロという人は、キリスト教を変えた、これは間違いがない。パウロなしでは、世界史は変わったはずである。それもまたキリスト者としては、神の摂理でありまたとない神の器であったということになるだろうし、だからこそまた、その手紙が「聖書」となりえたのだろう。パウロの名を用いながらもパウロではないという手紙も幾多そこには含まれているが、それもまた、パウロを模したものであったし、パウロの思想を踏まえたものとして提示された。いやはや、恐ろしく大きな人物である。しかも、そのパウロ自身は、自分の手紙が「神のことば」として後世に伝えられていくなどとは、考えていなかったであろうし、そのあたりも、歴史、あるいは神の救済史の妙というものは、思わず嘆息するものであると感じる。
 その魅力を、これだけの短い本で紹介するというのがまた困難だったはずである。著者の力量を目の当たりにするものであった。




Takapan
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