『妻と最期の十日間』
桃井和馬
集英社新書0572N
\740+
2010.12.
礼拝説教で触れられた本だったと思う。そういうのはすかさずメモしておくので、後から探して購入するなどした後、どこから死って買ったのか、分からなくなることがあるのだ。とにかく、キリスト者の書いた者として、何かしら共有できるものはあるに違いない、との思いもあり、読みたくなった。
しかしタイトルからして、結論は分かっている。十日後、妻が死ぬのである。なんとも辛いタイトルであり、レポートである。そう、これは小説ではない。体験談を、記録のように書いたと言えばいいのか、ルポルタージュとして形にしたと言えばいいのか、私にはよく分からない。読むのも辛い。過呼吸になりそうな状態で読み続けなければならなかった。
本の帯には、「ページをめくる指が震えた」という唯川恵さんの言葉も見える。著者はジャーナリスト。写真家としてのジャーナリストであるようだが、本書にはそうした写真は掲載されていない。すぺてが言葉で綴られている。
写真家とはいっても、特に世界の紛争地域での撮影が多いようだ。実は本書には、病院でのレポートを綴る合間に、時折、思い出話が挟まれる。紛争地域で見聞きしたことには、残酷な死の情景がずはずばと描かれる。多くの人が不条理に殺される現場を捕らえることを仕事としながら、いま目の前で呼吸が弱くなってゆく妻のそばで佇んでいる。これは私だけの感じ方かもしれないが、この平和な日本で、一人の人格を伴い思い出と共に見守る中で家族に囲まれて迎えようとする「死」というものと、人が無造作に「数」として次々と葬られ死体が捨てられる「死」というものとが、並行していいのかどうか、という問いかけのようなものが潜んでいるかもしれない、と思った。
妻との出会いが、紛争中のペルーでのことだったことを明かすプロローグから、その四半世紀後、結婚16年目の5月に急速に飛ぶ。著者の母親と同じ名であるという妻。だから名前では呼べないのだそうだ。娘は小学六年生になったばかり。午後8時半頃、その娘から携帯電話に知らせが来る。会社から電話があって、お母さんが倒れたのだという。著者は、会社に電話を直接かける。すでに意識がないのだという。
こうしてかけつけてから、絶望的な診断を受ける。これが、突然の始まりだった。
本書は、この後の出来事と思い出とが交錯しながら薦められてゆくが、時折客観的な情報がゴシック体で並ぶ。それは、病院のカルテである。開示請求により得られた内容の一部を、読者に提供する。病状や自分たち家族の様子を、著者の視点ではなく、病院側の客観的に、そして専門的な記録によって、説明を留めてゆくのだ。これはさすがジャーナリストとしての考え方だとも言えよう。ただ感情のままに吐露するのがよいのではない。事実どうであったかをきちんと押さえてこそ、感情の叙述も生きてくる。素人が医療の説明をだらだらすることを避けた、とも言える。もちろん、専門用語については適宜注釈を入れているから、読者は戸惑うことがない。
そのように医療的な記録については、いま追いかけることはしないでおく。ただ、せっかくなので、キリスト者としての姿を少しばかり示したところにだけ、幾らか触れておこうと思う。
まず、本の中身が、ニーバーの「変えることのできるものについて」の祈りの言葉を掲げることから始まっている。
次にキリスト者としてのことが書かれたのは、面会時間の終了間際に訪れた、牧師と数人の様子だった。著者の両親はともに牧師である。17歳のときに洗礼を受けた。妻の家族も、両親とも教会に通い、妻も洗礼を受けている。それで、キリスト教関係の知人が多いという。ただ、この入ってきた牧師、意識のない妻の横で、大声で聖書を読み上げ始め、祈り、手を握り名前を呼びかけよと命ずる。一人は、マッサージを始める。手かざしをする者もいた。絶対安静の患者も横にいる中で、しかも面会時間も超えようかという中でのこの非常識な姿に、著者は辟易する。これは「カルト宗教」だと呆れる。それから牧師は、賛美歌を皆で歌おうと準備を始めた。著者は我慢の限界を意識し、止めてくれと言う。なぜかと不思議な顔をする牧師。
殆ど眠れていないような日々を続けている著者の疲労は増すばかりだったという。
後に、カトリック信者の友人が訪ねて来た。著者に栄養ドリンクを差し入れし、短く祈ってすぐに出て行った。カトリックの「無言の祈り」というものだったそうだ。
17歳のとき、どうやって著者は自ら信仰を告白したのか。それは、バイク事故があったためだったという。友人に瀕死の重傷を負わせたのだ。死に物狂いで祈り、友人が回復したら信じます、というように神と「契約」を交わしたのだという。友人は奇跡的に命が助かった。
これを記す場で、信仰について著者は少し深く語っている。そして、「日本でキリスト教というと、自分の正しさだけを説き、他者を絶対に認めない過激な一神教のイメージが強い」と言う。しばしばクリスチャンは、「だが実は違う」と話を持って行きたがる。だが、イラク戦争のときにブッシュ大統領が戦争の勝利を祈り、「祈ればすべてを神が叶えてくれる」と考えていたことを挙げると、夫婦は「テレビの前で激しく怒り続けた」という。「ブッシュの信仰こそ、「キリスト教原理主義・至上主義者」たちの「自動販売機」的なキリスト教観である」という批判を、ここで叫んでいる。
そしてこのとき、物言わぬ妻に対して、著者は祈り続ける。そして、「人間を超えた領域に妻が向かいつつある今、人間を超えた存在を信じる者として、私は何が起きようともすべてを受け入れたい。覚悟を固めたい」と記している。
告別式は、両親が牧会していた教会で行われた。出棺時には、妻が大好きだった曲を響かせたという。クイーンの「I Was Born To Love You」であった。
娘への周囲の配慮も随所に描かれていた。病院側もいろいろ気を使っていた様子だった。著者は、医療スタッフの仕事に対して、最大級のリスペクトを払い続けていたが、病院との関係はとてもよかったようだ。その様子もよく伝わってくるので、あの「カルト宗教」を除いては、穏やかで十分な時がそこにあったように見える。その娘には、後に逆に励まされるような様子も記されており、読者として私は、少しだけ、胸をなで下ろすこととなった。
最後の短い章「それから」は、謝辞を除けば、聖書の言葉と祈りで結ばれていた。その言葉は、どうぞ本書で直にご確認戴きたい。第一コリント書の10章の言葉である。

た
か
ぱ
ん
ワ
イ
ド