本

『らんたん』

ホンとの本

『らんたん』
柚木麻子
新潮文庫
\1100+
2025.8.

 きっかけは、教会の礼拝に出席していたゲストの方だった。恵泉女学園の関係者だった。教会のつながりがあるということで、礼拝最後の報告のときに、前で挨拶をしていた。そのとき、河井道という名前を聞いた。その学校創立の精神、というふうな件があったことで、私は俄然関心を抱いた。恵泉女学園は、1929年、河井道によって、教育理念を高く抱きつつ、小さな建物で設立された。これは学校サイドの紹介にも記されていることだが、「海外の宣教団体の資金援助を受けることなく建てられた数少ないキリスト教学校のひとつ」であるという。もちろんその経緯については本作で描かれているので、詳しくはお読みくだされば幸いである。
 申し訳ない。私はそのときまで、河井道さんについては、知るところがなかった。そこで探して見つかったのが、本書である。単行本は、2021年に小学館より刊行されている。この単行本を図書館で借りると、ずいぶん厚い本だった。読み始めると、とても惹かれた。これは返却期限までに読み終える自信がない。それで持ち運べる文庫本を探していると、運良く見つかった。
 文庫版でも、資料まで入れると730頁を数える。だが、長いことが嫌だと感じることは一度もなかった。作家にとって、歴史フィクションは初めてだというが、作家の力量というものだろう、どんどん惹きこまれてゆく。
 そもそも始まりから魅力的である。「大正最後の年、一色乕児(とらじ)は渡辺ゆりにプロポーズした。」「乕」という漢字は虎のことなのだそうだが、その名付け親が、かの天璋院篤姫であるというから、歴史に関心のある人はもう虜になりそうになる。
 本書には、歴史上の偉人や有名人が多数実名で登場する。フィクションであるというのは、台詞や感情の描写が、歴史のままではない、というような意味なのだろう。人物の生涯について、空想の翼をはためかせて自由に組み替えているようには思えない。
 新渡戸稲造との交わりは協力的なものだったが、有島武郎の場合はなかなか奇妙であった。河井道と意見が合わず、あげく情死を遂げる有島だが、後に道の心の中に迷いが生じるとき、有島の幻が現れるのである。そして、道は有島の声を聞き、葛藤する。ここは文学的脚色ではないかと思うが、結局は道の心の中の姿を描くための、高度な手法であったと思われる。
 700頁を超えて本文を辿ってきた私の前に現れたのは、「解説」である。これを書いたのは、村岡恵里さん。村岡花子の義理の孫にあたり、『アンのゆりかご―村岡花子の生涯―』を執筆している。これは、NHKの朝ドラ「花子とアン」の原案となっている。ドラマもだが、私はその本も読み、このような欄に記している。
 ちょうどいま、朝ドラでは「風、薫る」が放映されている。こちらも原作を知る者としては、あまりにも原案無視で勝手に何もかも入れ替えており、信仰の「し」の字も出てこないことにひどく落胆しているのであるが、私の記録を見直すと、「花子とアン」でも、全く信仰について触れていなかったことが書かれている。「八重の桜」もそうだったが、NHKは「信仰」というものを全部なかったことにして、人物をどうしても紹介したいらしい。
 さて、本書の魅力をお伝えしたいが、読み終わったいまも、私の中では感動に震えている。これだけ長いので、並行読みをする私としては、通勤電車の中で片道の半分を使って読むだけでは、かなりの日数を要した。だが、少しも混乱することなく、河井道の魅力にずっと浸りきって最後まで気持ちよく読むことができた。
 村岡恵里さんの「解説」には、本作のあらすじが要領よくまとめられているから、もし先にある程度筋書きを知って読みたいという人がいたら、「解説」の最初の4頁だけを読んでから、本文に入ってもよいかと思う。筋道は、その「解説」の3頁目から始まる。
 幼くして両親と北海道に道は移住する。そこでアメリカ人宣教師と、神の恵みを体験する。この信仰は、道の一生を貫いて働くことになる。札幌農学校の今日中だった新渡戸稲造との出会いが、道を教育に目覚めさせる。新渡戸は道を津田梅子に紹介し、一緒にアメリカの女子大学に留学する。津田梅子は、どちらかというと知的に上位に立つ女性を育てる教育へと進んだが、道は、意見が違った。しかし、互いに影響を与えながら成長してゆく。
 帰国して女子教育に携わる中で、教え子の一色ゆりは、道と特別なつながりをもつようになる。冒頭のゆりの結婚生活は、道との同居という特別な形で営まれることになる。これが、本書の内容の、比較的センセーショナルな紹介となっている。「シスターフッド」というのだ。
 とにかく道は、クリスマスが大好きだった。宣教団体からの資金援助も何もなしに学校を設立したのが1929年。無謀な経済計算であったかもしれないが、さらに日本は関東大震災の被災に疲れた中で、戦時色を強めてゆく時代であった。
 ところで、タイトルの「らんたん」だが、これはまず、留学したときのランターンの描写から始まる。ランターンの火が最初に消えた女の子は、卒業後すぐにお嫁さんになる、という言い伝えがあり、道のランターンはずっと消えなかった、という仄めかしが利いている。
 恵泉を建ててからも、最初の卒業式の場面で、ランターンが灯される。ここに、在校生代表の高橋たね子の名前が見えるが、この名前は、先々のために読者は覚えているとよいかもしれない。
 女性の社会的地位や男からの見え方というものに対して、道は徹底抗戦する。そのための女性教育であった。時代精神に潰されそうになるゆりは、弱気になっていたが、道が諭す。「私たちが女性の視点で聖書を一から学び、読み直す必要は大いにあると思いますよ。」「私たちの役目はランターンを決して消さないこと、受け継ぐことです。」学校が軍部から閉校に追い詰められようとしている時だった。
 この、軍部との戦いの場面が幾度かあるが、実に面白い。道はやや大柄だったそうだが、軍の役人に迫られても、自分の主張を高らかに押し通す。現実にそこまでできたのかどうか私は知らないが、キリスト教系で、しかもキリスト教の祭りや教育を貫いていたことが、よくぞ潰されずに済んだものだと驚くばかりである。
 恵泉女学園の教育方針の中に、「平和への不屈の意志を持つ女性」という項目があるが、本作にも、戦争に関する批判的な声もあちこちに見出される。もちろん、すべてに刃向かうというのではない。たとえば恵泉は園芸科というものをつくったが、これは銃後で食糧生産をすることが国を助けることになる、という説明で許可を得たものだった。知恵を使って、一つひとつの権利を勝ち取ってゆく様を見るのも爽快である。
 もちろん、道がすべて正しいということを、作品は伝えようとするのではない。「大戦中、見えてしなかった部分がある」という、道に対する見解も、きちんと述べられている。だがそれは、その後の、つまりいまのこの私たちに向けての、強いメッセージであったのだろう、と私は感じる。これは昔話ではない。
 徳冨蘆花、平塚らいてう、伊藤野枝なども重要ポイントで登場する。村岡花子と柳原白蓮ももちろん出てくるし、村岡が『赤毛のアン』を翻訳する場面や、白蓮が短歌を学校で教える場面もあり、ワクワクさせてくれる。もちろん、白髪になった時期ではあるが。
 NHKは、これを大河ドラマに使う度量は持ち合わせていないだろうか。しかも、信仰をきちんと描いて、やってくれるように、署名運動でも始めたいとさえ思う。




Takapan
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