本

『公正としての正義 再説』

ホンとの本

『公正としての正義 再説』
ジョン・ロールズ
エリン・ケリー編
田中成明・亀本洋・平井亮輔訳
岩波現代文庫
\1820+
2020.3.

 21世紀になるまで存命であり、世界の正義論に大きな影響を与えた哲学者ジョン・ロールズ。アメリカは、第二次世界大戦まではそれなりに優等生であり続けられたが、戦後の東西対立の中で、敵視する相手がはっきりできたがために冷静でいられなくなり、ベトナム戦争においてその正義意識が破綻したように見えた。
 ロールズはその中で、正義とは善とは異なる概念であるとして、社会契約的な正義観を立てた。自由と合意に基づく正義、すなわち「公正としての正義」を表に掲げる。
 誰もが平等な自由と権利を有するべきであるということ、そして、しかし社会的に不平等が存在することは一定の条件の下でではあるが、認めなければならないこと、つまり格差原理というものであるが、こうした原理に基づいて、現実社会に対応できる理論を構築したとされているのである。しかしそれは基本的に、道徳的原理の理論であった。
 現代リベラリズムの先導者として活躍をしたロールズであったが、功利主義より確かな基準を求めるタイプの正義を考えたことは、現実の政治や経済に強くコミットする道を有し、そのために多くの議論を呼ぶこととなった。
 こうした基本は、1971年の『正義論』で打ち出され、以後改訂版が続いてはいたものの、基本的に修正というほどのところまではいかなかった模様であるが、1990年代になって修正として出した草稿を編集したものが本書の「再説」である。これはロールズ生前に出版された最後の本であるという。
 そして政治的な正義へと、これはより進展していると考えられる。しかし、一旦構築された理論へ修正を施すということは、バランスを崩すようなことにもなり得るわけで、果たしてこれが彼の正義論の修正版として完成したのかどうか、そこはもしかすると疑問であるかもしれない。
 しかし、アメリカは今や危機の中にある。建国自体は新しいが、イギリスから独立した後は民主主義の理念を掲げ、世界のリーダーとしての立場を自負しつつしばらく役割を演じてきたアメリカである。それが、雲行きが怪しくなってきた。民主主義と言いながらその悪しき面、すなわち利己主義や不一致、そしてそれが大きな分断となった姿が露わになってきた。人種差別問題にしても解決されていないどころかますます激しくなるかのような観もあり、その後もしロールズが生きてその世界を見ていたら、歯痒い思いをしたのではないかと思われる。
 日本でも一部の知識人では、ロールズは恰好の議論の対象である。しかし、アメリカの哲学はそのまま日本に適用できるようにも思えない。アメリカ文化を商業的には取り入れたと言えようが、思想的にも歴史的にもあまりに食い違う。どうしても実態のない抽象的な知恵比べゲームになりかねない。
 だから日本国内での制度のためにこの正義論を学ぼうというよりも、世界情勢の把握のためにひとつ弁えておくとよいのではないか、という程度にしておくべきであろうと思われる。世界の成り行きを知るためには、このように現代での思想的基盤になり得る哲学は、心得るべきものだからである。しかし、そこへもやはりカントの道徳哲学は深く食い込んでいる。改めて、西洋思想におけるカントの影響というものを知る思いがした。
 しかし文庫版とはいえ、注釈を入れて訳450頁。読み応えはあるが、なかなかの分量と価格であった。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります