本

『公民のおさらい』

ホンとの本

『公民のおさらい』
現代用語の基礎知識・編
自由国民社
\1200+
2010.4.

 おとなの楽習というタイトルのシリーズのひとつ。わずかに図解はあるものの、殆どが文章だと言えるし、まさに「おとな」の味がするが、けっこう数学や英語などで流行っているような、中学の○○を○時間で、というような企画とは少し違う。ここに、中学で教える内容を紹介したり解説したりする様子はないからだ。公民で教えられていることを題材に、おとなへ向けてメッセージを送っているように見える。
 そう、不思議と考えないのだ。そもそも「公民」とは何であるのか。本書はまずここから入る。内容からすると、これはよき「市民」であるための知識と知恵である。ところが日本語では市町村の市に住む人を市民と呼ぶ。紛らわしい。いや、それは小さなことだ。遙か昔、公地公民という制度があった。天皇のものであるという民のことをそれは指すのだった。この言葉が生き残っているのです。つまり、かつて「公」といえば天皇でしかなかったような歴史を踏まえながら、中身は天皇関係ではないよと言いつつ、その古い革袋の中に新しい民主思想という酒を注ぎ込んでいるようなものなのかもしれない。あるいは、江戸時代の将軍こそ「公」であったことの影響があるのだろうか。いまや主権は国民だということになっている。そのような国民としての社会形成のためのルールや理念を、公民という分野は請け負っているともいえる。
 この本では、2頁ほどを単位として、それを3つから4つの小さなタイトルで分けた形で、解説を続ける。これは確かに大人の公民だ。中学生に、初めて社会の仕組みを教えるためのものではない。もちろん、そのように用いても、中学生にとって人生に役立つのかもしれないが、ハードであろう。世の中の仕組みを経験的にそれなりに生きてきたが上での解説であるというのが確かに似合う。大人の学びであるという立前は確かにそうだと言えよう。
 先ほどの公民や市民についての立ち入った考察が終わると、日本国憲法から人権や権力分立と政治や選挙の仕組み、地方自治に至るまで、憲法に掲げられた政治制度がまず説かれる。そして次が経済。妙に大人じみておらず、それでいて、社会における経済問題を読み解くヒントがふんだんに隠れている。お金とは何かという基本的なところから、金融や税、資本から経済変動、経済の成長へと眼差しを移していく。さらに、国際政治の成り立ちが平和を軸に語られ、世界経済の仕組みにまで関わってくるので、中学生の公民の範囲を超えているといえず超えているのだが、より基本的な経済原理の解説と考えると、たしかにこれは優れものだ。
 ただ近年、これだけでは済まないのが公民分野の重要分野となっているようにも見える。本書はこの後、環境問題を詳しく論じる。かなり深刻に扱うべきものだが、ただ怯えさせたり煽ったりするのでなく、事実は事実として的確に理解してもらわなければならないというスタンスから、できるだけフェアに解説をしていこうとするものであると理解したい。
 そしてこれからの社会に何を期待するのか、否期待すべき社会をどのように照準を定めながらスケッチしていくのか、が考えられる。情報化社会・大衆社会・少子高齢化社会・低成長の時代・格差社会・消費社会などと聞けば、何を問題としているか、およそ見えてくることだろう。さらにグローバル社会・危機の時代と本質的な部分に気を払いながら、およそ最近の未来設計からすると必ずその中心部を占める言葉が登場する。持続可能性というテーマだ。ここから循環型社会へ映ることの必要性を説きながら、本書は終わる。
 本当はさらに「むすび」がある。選挙で一票を投じることの意味だ。これは中学生向けでなく、大人に対してのメッセージであると見たほうがよさそうだ。どうして一票を蔑ろにするのか、その価値が見えるようにとの祈りがこめられているようにも見えた。とくに、お金で買えない価値を知ったときに称賛すべきという、およそ無力でしかないような提言が、いよいよ最後を結ぶにあたり叫ばれているのは、社会を変えるものはお金ではない、というテーゼのためのものであるとはいえ、含蓄深い。中学生が純朴な気持ちで抱くような理想を、大人も懐くべきである、と教えられるような気がした。
 読みやすい。世の中のことが分からないと思っていても、なんだかここにただの生き方の指南があるような気さえしてくるので、人生を少しでも世の中のことと結びつけて捉えるならば、まさに人生論である。私は、ひとと平和に過ごすための学びが社会科であると理解している。相手の生活環境を知る地理、相手のアイデンティティを尊重するために知る歴史、そしてこの現代に生きてそこから未来を形成していくための知恵としての公民である。機会があれば大人の方が読むことにより、よりコンパクトな形で、理念的で分かりやすいスタイルで、今と将来を適切に考えていくための素材がふんだんあり、それがすいすい入ってくる、そんな経験となるかもしれないと心が思うのだった。




Takapan
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