『言葉に思いを込める技術』
稲垣吉彦
自由国民社
\1,500
2003.8
元NHKアナウンサーが、さまざまな文献や発言などから、気にとまった言葉を集めた本である。とだけ語れば、まるでオリジナリティのない、寄せ集めのつぎはぎというイメージで見られるかもしれない。だが、こうした本の存在は偉大である。あるテーマについての、実にさまざまな実例に一度に触れることができるというのは、ありがたいことである。自分の主張が前面に押し出されていなくても、資料としての価値があるし、たぶん編集者の主張は、どうしても現れてくるはずである。
このホームページにしても、さまざまな人が苦労して生み出した本を寄せ集めて勝手な批評をしている。見にいらした方々が、最近の本の動向を一度に知ることができるとするならば、それなりの効用を果たしていると言うことができるのかもしれない。
日本語の問題を扱っているようで、その実この本に紹介されている多大なケースは、心を伝えるという問題を中心に据えているように見える。学問的な言葉という意味ではない。人と人とがつながっていくために必要な言葉という道具が、実際どのように働いているのかを垣間見るし、日本語を愛する先人たちの重い大切な言葉を、歴史の忘却の彼方に葬り去ることなく、いいものはいい、と何度も表舞台に引き戻す役割を果たすとすれば、なんとすてきな仕事をこの本はしているのだろうと思う。
それどころか、私はこの本に流れるテーマに惚れてしまった。著者は最後に述べている。この本で伝えたかったのは「やさしさ」であると。人は言葉によって傷つく。取り返しのつかない傷を、言葉はつけることがある。どうしたらそれを少しでもなくしていくことができるだろうか。いや、著者は否定的な見方ばかりで綴ってはいない。言葉で受けた優しさは、決して忘れられないものとなる、とも言っている。
実生活でこうした経験を思い起こしてみるならば、誰にでもそうだとうなずけるようなエピソードがあるはずである。
著者は、さまざまな言葉を引っ張ってくる。先人の言葉で著者の心に残っていた言葉の数々を、この本で並べている。しかしそこには、その元の発言者の紹介やその人に対する尊敬の気持ちなどが綴られており、実に配慮の行き届いた文章となっている。まさに、著者の「やさしさ」が溢れている。
その健全な言語観、いや、人間関係観は、私も大いに賛成する。なにげない言葉の中に、心が現れる。たんなる無知では済まされない、人の生き方といったものが、わずかな言葉の中にも反映されてくるのである。
私もまた、言葉の細々とした問題を論ずるのが好きだし、実際論じてきた。それでも、この著者ほどの配慮がその場にあったかどうかと自ら問うと、恥ずかしくて大きな顔をしていることができなくなる。
心が癒されるというのは、こうした本を読んだ後に感慨深く口にする言葉なのだろうと思う。たんに言葉への興味がどうのという前に、いわゆる新入社員など若い方にはぜひ読んで戴きたいと願う。さらに、人生に慣れてきたように錯覚し、若いころの緊張感が薄れてきた人々にも、人の心をどう見ていくかというスタンスを正しいものにするためにも、この本の語る実例的人生論を味わって戴きたいと、切に希望する。