『kotoba 2026 Spring Issue No.63 あの人の読書習慣』
集英社
\1409+
2026.6.
何度か購入して読んだことがある。B5サイズでカラーも含めて少し厚手の用紙の上に226頁あるのだが、記事は基本的に三段組みで、情報量はずいぶんと多い。写真などの構成も良いセンスで、良質の季刊誌だと思う。
後半は連載記事であるのだが、私はやはり特集の内容によって、手に取るかどうかを決める。今回は「読書」である。いろいろな人が、本とどのように付き合っているか、わりと世の中では露わにされている情報かもしれないが、ここまで深く、たっぷりと語る場というのは、あまりないような気がする。
登場するのは、池上彰、内田樹と岩田健太郎の対談、石破茂、杏、角幡唯介、小林ふみ子、川口則弘。ここまでがPart1で、「どう本を読むのか?」の名の下に集められている。私が本誌に注目したのは、やはりその石破茂の名によってだった。「読書は「無知の恐怖」を教えてくれる」という標題は、編集部が付けたのかもしれないが、大変興味深かった。国会議員は、「国民にはあまり受けのよくないこと、それを説明し、納得してもらい実行するのが仕事」だ、とも言う。「だから、国民に受けることが正しいとは限らない」のだ、というところは、政治家としての本筋を見たような気がした。「別に人に好かれたいと思ってこの仕事をしているわけじゃない」とも言い、「自分を評価してくれるのは、休みの日に投票所まで行って名前を書いてくれる人たちと、見ることがないであろう次の時代の人たちであればいいと思っている」というところには(笑)が入りながらも、考えさせるものがあった。また、自身のクリスチャンとしての経緯についても語られていて、母親の祖父が金森通倫であることも語られていて、四代目のキリスト教徒である、と明かしているが、旧約聖書は難しい、とも言っている。
Part2は「本の場所、読書の場所」と題して、対談も二つあるが、私にはやはり永井玲衣が注目であったか。本は、「別の世界」への入り口なのだという。それは、「日常の延長線上に、ふと姿を現す」ものであるそうだ。そして読書は「立ち会い」である、ということだ。「関わってしまう」ものであり、そこで自分は傍観しているのではなく、「そこに「いてしまう」という感覚」があるのだという。哲学は、「いま自分が立っている「ここ」に対する驚き」からくるのであろう、ということも伝わってくる。そして、「文学に「殴られたい」と思って読んでいる」ということだ。「自分とは異なるものに出会い、「うわ、びっくりした!」となりたい」のだそうである。そして、哲学対話の実践をするのは、対話が「「非人間化」への抵抗」であると考えているように言われていた。それが、「戦争に対して文学に何ができるのか」ということなのである。インタビューの中でぼろりと出てきたこの辺りのことが、きっと本音に近いところなのであろうし、私たちの心にも響いてくるひとつの灯であるように思われてならない。
Part3は「読書が変える、読書が変わる」には、荒俣宏、町田樹、石黒圭、中江有里などの名が連ねられているが、ここで私がえらく石黒圭の言葉に肯くことが多かったことから、その著書を続いて購入した、ということも付け加えておいてよいだろう。その著書で強調している、文章についての考えの柱が、短いインタビューの中で明かされているように思われた。「正確に読む」「深く読む「「批判的に読む」という三つの技術が、読むために必要なのであるという。そして、言語というものを「行為」だと捉えているという。これは、言語哲学のひとつの正道であると言えよう。特にその「批判的に読む」ということについて、「書かれていないことまで自分勝手な解釈で読み取らず、書かれてあることを書かれている範囲で丁寧に情報を吟味する技術までを含」むものであるということを伝えている。そして現代人が、長い文章を読む力も、深く読む力もなくなってきているのは、「一つのものに深く付き合う体力がないため」ではないか、という感想も漏らしている。いま世界がギスギスしているのは、「自分の正しさを主張するあまり、寛容ではない言語空間が形成されている」からではないか、と言っている。「自分と異なる視点も認める能力」が必要なのである。読むということは、そうした点までも基礎づける、実のところ平和の基本であるのではないか、と私は思うのである。
ところで、連載の「法獣医学教室の事件簿」という、宇都宮徹壱の文章には、ショックを受けた。「イヌは外で飼うもの」という観念が一般的であったのは過去のものだという。実家で犬小屋での外飼いをしていたら、「ワンちゃんを外で飼うのは虐待です! 今すぐおうちに入れてあげてください!」と書かれた封書が置かれていたというのだ。そして、自分は正しいと思い込む「過剰な正義感」が益々進んだ現代人の「自己愛的な心理構造」が見られることが指摘されていた。飼い犬についてではないが、私も思い当たることが多々あり、少しばかり恐怖心も湧き起こるのであった。

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