本

『子育てナースなんだもん』

ホンとの本

『子育てナースなんだもん』
桜木もえ
リヨン社
\1,200
2003.8

 著者は二十代後半の現役ナース。だが、実に語りがうまい。文章を書き慣れているばかりでなく、実際本を世に出すだけの才能に恵まれた方だと思う。誰もがそれを理解できるし、しかも気楽にお喋りを聞くように、読むことができそうである。分かりやすい説明は、軽視されやすいが大切なポイントである。
 しかし、子育てをしてきた者から見ると、この本に書いてあることは、あまりにも当たり前すぎる。しかも、ここまで書かなくてもよいのではないかと思われるくらい、懇切丁寧に手取り足取り語っている。ある意味で、塾でもこういう説明で生徒に一発で理解してもらう可能性がまだまだあるのではないかと思ってしまう。
 この著者の生活の中身を暴露しているかのように書き進まれる。子どものことについてどうやって分かっていったか。子育てをしながら働くときに注意することは何か。そういった現実的な問題が事細かく記されている。
 我が家にも子育てナースがいる。状況はこの著者とは大いに違うが、抱える問題や悩みについては、かなり共有できることが記されてあった。
 とくに奇を衒ったふうでもなく、思ったよりも常識的なことがきちんと説明してある部分も多かったが、一つ気になったことがある。父親の姿がくっきりと浮かび上がってこないのである。
 父親が子育てをしているという風景が、どうしても現れてこないのである。
 もちろん、母親は世話で手一杯なので子どもと接する時間が長くても実際遊んでいるというものではないが、父親は短い時間でも子どもと楽しく遊ぶことができる、などといった観察は鋭くなされており、触れられてはいるのだが、この本にあるのは、どうしても子育ては母親一人に任された事柄であるという雰囲気ばかりである。それが世の常識なのかもしれない。それでいい。私のように比較的時間がある仕事にあれば別かもしれないが、普通は仕事に追われて、子どものためにどうするという時間はほとんど取れないものであろう。
 著者とその配偶者を責めるつもりはない。だが、父親とはその程度の存在なのか、と思う。私のように子育てに比較的恵まれた立場にいるにしても、たしかに細々とした事柄は母親がする。もっと分担してやらなければと思っている。
 その意味で、この著者は強い。自分一人で、子どもに関することをすべて背負っており、生活から病気に至るまで、自分で解決していくエネルギーを有している。夫に、どうしようと尋ねて惑うような素振りはない。そんな強い女性ばかりであるなら、日本の将来は明るいような気がする。
 でも現実はそうではない。一人子どもの問題を抱え込んだ若い母親が育児ノイローゼに陥り、虐待などの悲しい事態に突き進んでしまうことが多々ある。この著者の場合は、比較的経済的に恵まれた生活を送ることができているようだが、子育てにさらに経済的問題が抱え込まれてしまうと、いっそう悲しい状況に滑り落ちていくこともありうる。
 いやいや、この本にそうしたことを期待することは間違っている。こんなに明るく力強く母親ができるという実例を垣間見るだけでも、いろいろな道があるのだという励みになるかもしれない。私たちは、多くの学び方をもつ。多くの悲劇は、これしかない、と将来を狭く決め込むことが起こる。こんな本が読まれて、広い世界につながる視野が開かれていったら、いいなと思う。




Takapan
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