本

『「これから」の時代を生きる君たちへ』

ホンとの本

『「これから」の時代を生きる君たちへ』
ドメニコ・スキラーチェ
世界文化社
\1000+
2020.5.

 2020年、新型コロナウイルス感染症の嵐の中で、中国の後に多大な犠牲者が出たイタリアで、ある学校の校長が、生徒へ向けてメッセージを贈った。それが非常に優れたものだったので、マスコミを通じて世界へ伝えられた。そのニュース自体も覚えているが、その全文をゆっくり見る機会がなかった。
 それが、美しい写真とともに、すてきな本となった。これは子どもたちはもちろん、多くの人の心の支えになりうるものではないかと感じた。しかも今回、その手紙の後に、今度は日本人へ向けてわざわざ綴ったものも、特別にここに掲載されている。本書だけのオリジナルであるという。これはうれしい企画である。どうか多くの方の手に取られることを願いたい。
 突然休校となった子どもたちに向けて、2月25日にイタリアはミラノの「アレッサンドロ・ヴォルタ高校」の校長であったドメニコ・スキラーチェ先生が、子どもたちに向けて「どう過ごせばよいのか」についてメッセージを贈る。四百年前にミラノを襲ったペストについて触れた後、人々の心が荒んでいたその時の状況を説明し、学校のあるこの場所に感染者のための病院があったことに気づかせる。「日の下に新しいものはない」という聖書の言葉を引用し、過去の歴史から学ぼうとし、冷静でいようと呼びかける。さらに具体的にいくつかの点を告げると、「見えない敵」に対して心が冒されることがあることに注意を喚起し、理性的な思考を提言する。そしてまた会いましょうと言って手紙を結ぶ。  短く、簡潔ながら、いや簡潔だからこそ、一つひとつの言葉が心に響いてくる。本当は何が敵なのか。何に負けてはならないのか。全く、その通りなのであって、そこからイタリアも苦汁を舐めることになるのだが、さらに3月27日に、日本の生徒たちへの「追伸」を綴っている。これはあまり報道されていないかもしれない。
 ヴォルタ高校の名が、電圧のボルトの由来となったイタリア人科学者ヴォルタに基づいていると紹介した後、新型コロナウイルスの流行に際し、「人間らしい思いやりを忘れないように」ということを念じて高校生たちにメッセージを贈ったと説明する。その後状況が悪化し、イタリアはこの時点で9000人以上の犠牲者を出している。その後さらに何倍にも犠牲者は増えるのであるが、イタリアの生活の変化を物語る。高校はインターネットでリモート学習を始め、そのコミュニケーションにより生徒たちが見捨てられた気持ちにならないこと、孤独感を抱かせないこと、社会が気にかけていると感じられるようにすること、そんなことを心がけながら、「生きている実感を持ってもらう」ように願っていたのだというのである。
 校長先生は、日本映画や本を知る程度に過ぎないが、東京の若者もきっと状況は同様であろうと気遣う。日本の作家では村上春樹が好きだというコメントには微笑んでしまった。
 この孤独な時間もいつか終わる。人生について考える大切に機会にもできるのだと勇気づけ、自分たち人間は実は脆いものだと知らされたこの経験を、立ち止まって考える機会とできたらいいのに、と伝える。「本当に大切なものは何か」理解する機会にもできるのだ、と。
 そして、この危機を乗り越えたときに、きっと成長していること、素晴らしい人間になることを希望する。無駄な、失われた時間にはしたくない、というのは、教育者として精一杯の励ましとなりうるものだと言えるだろう。
 最後に、オンラインで直接いくつかの質問をした、その回答が掲載されている。非常に具体的な素晴らしい意見だと思う。これはどうぞ本書で直接ご覧戴きたい。
 この校長先生、大学では哲学科を卒業し、文学や歴史の教師を務めてきたというプロフィールが紹介されている。やはり哲学だったのだ、と私は肯いた。哲学がどんなに力あるメッセージを贈ることができるか、そこにも拍手を贈りたい。




Takapan
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