『これからの天皇制と道徳教育を考える』
岩本努・丸山重威
あけび書房
\1500+
2019.3.
過去の歴史を直視し、日本国憲法を根っこに据えて。そのように副題が添えてある。タイトルとこれとで、本書の内容は簡潔に表現できていると思う。
天皇の代替わりが2019年、天皇の死によらずに挙行された。前天皇の意向に基づくものであったが、世間は祝賀ムードたっぷりに、いわばお祭り騒ぎになった。平成の元号が発表されたのは天皇の死去に伴うものであり、歌舞音曲の類が自粛させられていた中でのことだったから、それを知る者からすれば、雲泥の差のある出来事であった。そもそも、新元号が、その代替わりの一カ月前に発表されるというあたりも、異例というか、どうしてよいか皆分からないままになされたものであった。
本書は、その事実を見据えて、その事前に世に問われたものである。つまり、新天皇の即位を見るときに、すでに世に出ていた本であった。もっと読まれればよかったのに、という気がしないでもない。
天皇制に疑念というか、それを好ましく考えていないであろうことは、少し読めばすぐに分かる。しかし、そのような考えをもつ人にありがちなように、一方的にそれは悪だとか無用だとかいうように、語気の激しい言い方でまくし立てるような言い方はしていない。極めて冷静に、事実と資料を重ねて示していく形で問いかけるようになっている。著者たちが、教育者でありジャーナリストである故の、大人な対応であると言えるかもしれない。
特徴的な手法は、報道や資料から窺える、天皇や関係者の発言を正確に示し並べつつ、ちとょっと聞くとそれでなるほどと思えるようなその内容や、報道のあり方がどうだったかという事実を明らかにしつつ、果たしてそれでよいのか、その背後にどのような問題が潜んでいるかを鋭く指摘していく、というような姿勢である。たとえば、前天皇の発言をそのままにいくつも紹介しておきつつ、そこに憲法違反の要素がどのように隠れているかを明確にするといった方法である。
他方、天皇と人権という問題も、タブー視せず指摘する。つまり、憲法の中で特殊な扱いを受ける天皇という存在、ないし皇族のあり方であるが、これは日本国憲法の定める基本的人権をもたない特殊な存在となっている、ということをきちんと示す。これは多くの人が感じていることだろうし、私も常に意識していることではあるが、案外これを正面切って指摘し論じるという本は少ないようにも思われる。ちょっと言及して終わり、というのならよく見るのだ。しかしここでは、それがどのように、またなにゆえに、という点を、よくよく言い聞かせてくれるのだ。
そもそも何が問題であるのか。何か分かり切ったような形で自分の言い分ばかりを喋る者たちにとり、苦手なところである。しかし、哲学という方法ならばこれこそが必要な問いであり、検討である。それにジャーナリズム的手法としての、公的な発言や報道などの実態を並置することにより、問題点をよりはっきりと示してくれるものなのである。
今後の天皇制がどうなるか。これまで側室などに支えられてきた皇族が、新憲法の中でそのような形がとれなくなった中で、絶望的な情況にあることもはっきりと示し、読者に考察を促している。
ここまではジャーナリストの手による筆致であったが、後半は、教育者による、戦前の天皇制教育とはどういうものであったのか、改めて定時し、それがいまの道徳教育にどのようにもたらされているのかいないのか、また誰かがそれをもたらそうとしているのか、という辺りを論じる。
話題はやはり、教育勅語であり、修身の徹底の歴史である。もう若い人にはこれが通じない。もちろん私も経験がないが、私のころには、それがどのようなものであったのか、について解説は多かった。つまり、聞かされたり紹介されたりしながらでも、それらについて知らないことはなかったのである。しかし今は知らない人が多い。知らないことは、まるで新しい知識であるかのように、物珍しく、さもよいことのように宣伝されたら、そうなのかなと思ってしまうような罠がある。いまの右派の思想家や政治家たちは、それを狙っている。なにせ民主主義というものを、頭数の確保という意味でしか考えていない為政者たちは、どう数を揃えるかを目標としているために、どう言いくるめればよいのか、にばかり関心をもつものである。無知な人々に、教育勅語もよいことを言っているぞ、と同意させることに成功したら、思いのままである。しかし、かつての国会審議や政治的発言の中で、内容に傾聴すべきものがあるから教育勅語を復活させるというような考え方に問題があることは、すでに指摘されている。それを周知徹底しようというのが、本書のひとつの手法であるように見た。無知は怖いのである。
しかし教育勅語体制について歴史的な詳しいこのレポートによると、私の知らないようなエピソードも多々見られ、知るべきことをよく教えてくれたものだと感心している。それを、冷静に淡々と叙述していく手法はなかなかのものである。静かに燃える思いで以て、次の時代担う人々に考えてもらおうとしている。まことに教育者の鑑である。
何かしら天皇制について議論するときの、弁えておくべき資料として活用するのもよいだろう。案ずるのは、キリスト者の一部が、ただ為政者の悪口を並べ、言うなれば反対のための反対を叫ぶようなことがある点、また、どのような根拠によるものか、相手方の言い分を揶揄はしても傾聴することがなく、ひたすら自分たちの言い分ばかりを正義として叫ぶようなことがある点である。これでは反対にはならない。為政者は、そのような分子を潰すことくらいは、お手のものだからであり、すでに当然手を打っているからである。冷静に、相手の言い分と論拠を確実に押さえ、それに対して蛇のように賢く対抗していくことを、キリスト者はもっと考えなければならない。そもそも太平洋戦争後に、天皇制の存続に決定的な力を与えたのは、ヴォーリズなどのキリスト者であった。天皇制反対とただ叫ばなければクリスチャンでないかのような雰囲気を醸し出している一部の運動は、逆効果であるどころか、むしろ相手の思うつぼではないか、というのが私の懐く懸念である。
本書はひとつの、道を照らす光となりうる性質のものではないかと思った次第である。