本

『こころの処方箋』

ホンとの本

『こころの処方箋』
河合隼雄
新潮文庫
\400+
2008.6.

 だいぶ前に、単行本で読んでいた。息子が河合隼雄に感心をもったので、読ませたいと思った。よく読まれた本であるだけに、古書店にもたくさん並んでいる。並んでいても売れないから、たいてい100円+税で売られている。私も読みたくなった。が、私はとろとろと少しずつ読みたくなるので、もう一冊、息子のために買うことにした。
 とにもかくにも、少しずつ読み通した。以前読んだと思い出すものもあれば、こういうのを読んだだろうかと訝しく思うものもあった。ともかく二度目として、全部味わうことができた。否、決して古びてなどいないぞ。私は少し嬉しくなった。
 文庫に記してあることによると、単行本は1992年の発行である。小さな誌に四年にわたり1991年まで連載されていたものだという。だが買い求めた時点で四半世紀を超えた私にも、さほど古びたものを覚えない。人間の心が、そのくらいのことで変わるわけはないのである。だが、社会環境は変化する。置かれた情況は異なってくることがあり、世代がひとつ替わると、感じ方も違ってくる部分はあろう。当時の子どもが今度は親となっていくのである。
 いや、本当にそうなのだろうか。数千年前の言葉がいまの世にも同じように当て嵌まるとさえ言われる、人間の心理である。心理学者として政治的な影響も与えた人の、また臨床において数々の人と向き合ってきた著者が、理論的に、また体験的に見聞したところから学んだことは、かなり普遍的なものを含んでいるとすべきではないのか。本書を再び開いて、改めてそのような印象をもった。
 もちろん、これは定式ではない。人の心はこうである、とするルールではない。原理原則に従って行動すれば幸せになれるというものではないはずである。だが、目次にあるタイトルだけを眺めても、わくわくするような、人の心に誘いかけるものは、いったい何なのだろう。
 最初は「人の心などわかるはずがない」と来て、「100%正しい忠告はまず役に立たない」「言いはじめたのなら話合いを続けよう」「マジメも休み休み言え」など、それはなんだ、と誘い込む言葉が掲げられている。また、少し我が身に照らし合わすと、このタイトルだけで、そうだよなぁと思えるようなこともある。「説教の効果はその長さと反比例する」などは、読んだ瞬間、そうだぞとしか言えない。けれども「人間理解は命がけの仕事である」ときても、自分はそこまでの重みを感じていただろうかと反省させられる。「自立は依存によって裏づけられている」という逆説は興味をそそるし、「生まれ変わるためには死なねばならない」となると、これはキリスト教の福音としてそのまま通るぞと思えるから、人の心についての問いかけは、奥が深いのは当然だが、誰にも通用するものがきっとそこにあることを確信させる。「うそは常備薬 真実は劇薬」は、嘘も方便という言葉の現代的な注意書であろうか。なんでも真実を告げればよいというものではないからだ。そう、幾度それでひとを傷つけてきたことだろうか。しかも私の場合は、自分が真実だと思っていたことでも、実は真実でないことのほうが多いのだから、尚更である。ここでの「真実」は、真底の真実というよりも、自分が真実と信じていること、自分本位のことだというふうに受け止めてみたほうがよいはずである。
 こんなふうに、55の項目を舐めていくとそれだけでずいぶんな長さの文章になってしまう。いまなら中古本として百円+税という程度で手に入る。昔読んだ、という人も、混迷の時代、また手に取るだけの価値があるような気がする。まだ読んだことのない人は、なおさらどこかで一度手に取って損はないのではないか。それは、何もここに書いてあることを信用せよ、というためではない。自分と向き合うことの必要性が、新たな時代にはきっと求められているからだ。否、時代がどうあろうとも、自分の心を見つめることがなければ、何か得体の知れないものに取り憑かれ、操られてしまう虞があるからだ。「二つの目で見ると奥行きがわかる」というのは、視座を別にもつことの意味を説き、「「知る」ことによって二次災害を避ける」ことは確かだと思うからである。




Takapan
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