本

『『こころ』大人になれなかった先生』

ホンとの本

『『こころ』大人になれなかった先生』
石原千秋
みすず書房
\1365
2005.7

 みすず書房の「理想の教室」シリーズの一冊。
 高校生への文学講義というところだろうか。いや、高校生だけにしておくのはもったいない。大学生でも一般でも、こんな楽しい本を見過ごすわけにはゆかない。
 夏目漱石の『こころ』は広く知られている。国語の教材としても定番であろう。が、これを本当に通して読んだことがあるかどうかというと、怪しいらしい。私などは、漱石は楽しい文学の一つで、著作集が刊行されたときに毎月楽しみに買いそろえていたくらいである。それが今や、古典中の古典のようになってしまったという。これは良い意味ではない。古くさくてまともに読まれる対象ではない、ということである。かつては、年代毎に、読みかえすたびに漱石は味わいが変わるものだ、などと言われていたものだが、読みかえすどころか、一度として読まなくても人生が送れるようになってきているのだ。
 それはさておき、この有名な『こころ』について、その謎を暴くというのは、わくわくするものである。いきなり、青年が先生からの便箋が四つ折に畳まれてあったという点に、著者は疑問の目を向ける。原稿用紙300枚ほどの手紙が、四つに折れるのか、と。
 もう、この始まりで、私は吸い込まれていった。ぞくぞく、わくわく。これからどんな謎解きが始まるのだろう、と期待の心が膨らんでいく。
 これは、謎解きである。残念ながら、それゆえにここに過程を明らかにしていくことはできない。許されない。
 そして、その期待は最後まで私を裏切らなかった。
 受験国語の謎解きもしていて、ちょっとした話題の本となっている著者である。語りかけも、実に丁寧で、分かりやすい。私は思うのだが、こんな文章を書きたいものだ。高校生に分かるように書くことができる人は、物事が実によく分かっている人なのだと思う。難しい言葉ばかり並べることは、本当に分かっていないことが多いものなのだ。哲学というものを学んだ成果の一つが、そうしたことが分かったことである。
 どうぞ『こころ』をお読みの方は、今すぐ繙いて、ドキドキして戴きたい。




Takapan
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