本

『心の傷を癒すということ(新増補版)』

ホンとの本

『心の傷を癒すということ(新増補版)』
安克昌
作品社
\2200+
2020.1.

 2020年1月から2月にかけて、NHKで、同題のドラマが連続放送された。阪神淡路大震災のときに、PTSD(Post Traumatic Stress Disorder,心的外傷後ストレス障害)の問題をいち早く察知し、社会に訴えた精神科医の生涯を辿るドラマである。実際の被災者がエキストラとなり、また演技監修にも関わるなど、細かなところまで気を配ったよい作品であったと思う。脚本家はろう者であるが、やはり阪神淡路大震災を経験している。  安克昌さんは、サントリー学芸賞をその著書で受賞している。精神科医としての視点から、被災者の問題を描いた新聞連載を中心にまとめたものだとされている。それがこの本である。ドラマの中でもその受賞が描かれていた。この本はさらにその語の出来事が加えられたが、今回ドラマ化にあたり、そのドラマを踏まえた形で増補され、ついに元の本の2倍、とまではいかないがそれくらいに厚くなった。それほどに、著者を慕い慈しむ周囲の人々が多かったということの証しでもある。
 ともかく私は、あの揺れを、京都ではあるが知る者の一人として、大好きだった神戸の街の崩れ方と、そこから立ち上がる様子を見守ってきた。その陰にいた安克昌さんのことは、恥ずかしながら知らなかった。聞いたことはあったに違いないのだが、意識していなかった。
 安克昌さんは、震災の5年後、癌のために40歳の誕生日を前にして亡くなった。
 ドラマはそこまでを描いている。その三日前に誕生した次女とその家族を愛した生き方がたっぷりに描かれていた。そして本の中でも触れられた被災者の精神的な問題も、数人をピックアップしてドラマの登場人物として描いた。どの方もすばらしい演技だった。それは、医療従事者としての私の妻が見入っていても、驚くほど細かく演じられていたのであった。
 ドラマの予告を放送のだいぶ前から知り、その本があるというので、ドラマのことが広く知られて売り切れないうちに注文した。読み終わったのはドラマが終了してからとなったが、尊い本だと思った。普通はイエローマーカーで線を引きまくる私だが、この本にはなぜか引くことができなかった。一つひとつの言葉の中に、人々の、また著者の、命が入っている。それを私の思い出塗りつぶしてはならないという思いと、もし引き始めたら本が全部真っ黄色になってしまいそうな気がして、ついに汚さなかった。但し、附箋は貼らせてもらった。絞りに絞った箇所に、附箋を貼った。それでも、鬘のコマーシャルのようにフィルム附箋が並ぶこととなった。特にドラマ関係で振り返るところでは、涙がぽろぽろ流れた。
 震災に遭い、いまなお苦しむ人々の心の傷は完全に癒されることはないのだろう。しかし、ドラマはそのことについてひとつの結論を出していた。その結論を出すことに、制作者はためらったのではないか。自分がそんなことをしていいのか。できるのか。また、それは適切であるのか、などと。もちろんそれは私の想像であって、立ち会った方々の気持ちを表現しているのではないけれども、私は、もちろんドラマ作品としてのことだが、それでよかったと思う。
 癌を患って自分の先を見据えたドラマの中の安先生は、妻の姿にふと気づく。「誰も独りぼっちにさせへん、てことや」
 ドラマで安先生を演じた俳優の柄本佑さんも、この言葉を自分の言葉として受け止めて、こんなことを言っている。「たとえば避難所に100人の人がいて、ある方法で99人がポジティブになったけど、1人はうまくいかないとする。そのとき、その1人を無理やり99人に引っ張ってくるのではなく、その1人に寄り添う。今の時代だからこそ、大切にしたい言葉だ」と。
 クリスチャンならば、きっと、この言葉に深くうなずくことだろう。




Takapan
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