本

『こころに効く小説の書き方』

ホンとの本

『こころに効く小説の書き方』
三田誠広
光文社
\1470
2004.4

 小説家を志す人のための本ではあるに違いない。ただ、書きたいという意欲こそが大切であって、職業としての売れっ子小説家だけを望むというのは、最初から間違っていると言えるだろう。少しばかりの知恵があれば、それくらいの真実は理解できるだろう。
 三田誠広。『僕って何』という、少し甘めの若者の姿を描いた、ほとんど初めての小説が芥川賞を受賞したという、たぐいまれな幸運の持ち主である。後に早稲田大学で小説の書き方を講義し、小説の書き方についての楽しい本をほかにも書いている。若い頃宗教に没頭していたこともあり、聖書についても知識が多く、著書がある。
 どこかエリートっぽい書きぶりかなと予想すると、あながちそうでもないことが分かる。伊達に十年以上も大学で教えてきたわけではない。教えるということはどういうことなのかも、十分体験済みの著者である。小説の才能もさることながら、人にものを教えることについても、なかなかのものである。
 タイトルの「こころに効く」という怪しげなフレーズも、さぞや文学者の一種衒学的な惑わしに過ぎないのではないか、と疑う読者があるかもしれない。
 ところがどうしてどうして、まず「小説」とは何かということから入り、私たちを「へぇ〜」と唸らせる。そうだったのか、知らなかった。こう思うことにより、読者はまず、著者の言葉を心して聞こうという姿勢にさせられるものである。
 どう書けばよいのか、手取り足取り教えてくれるものと期待してはならない。原稿用紙の使い方も、ノウハウ的な賞への応募の仕方や執筆対策のようなものも、この本にはまるでない。
 では精神論なのか。そうでもない。そうではないが、不思議と、読み進むに従って、心が豊かになってくる。これは実に奇妙なことだ。何も具体的なことは教えてもらっていないような感じだし、それでいてなんだか小説の極意のようなものを伝えられているような気もしてくる。終いには、なんだか癒されていく自分を覚えてしまうのは、私だけだろうか。
 さながら、この「小説の書き方」というハウツー的な本が、一つの文学作品のように、読者の魂に触れるような気がしてならないのである。
 なあんだ、だから、「こころに効く」というわけなのだ。
 少しでも自己表現に関心をもつ方は、ぜひ一度この本で癒されてみたらいいと思う。




Takapan
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