本

『ここ』

ホンとの本

『ここ』
内田美智子・佐藤剛史
西日本新聞社
\1500
2007.10

 著者の一人は助産師である。が、講演の依頼が多く、その体験などを踏まえた、いのちについての講演を全国に届けている。この人が、この本の殆どの原稿を占めている。
 西日本新聞は、「食卓の向こう側」という特集を以前から紙上で組んでおり、食生活を考える角度から、いのちを見つめ続けており、その企画は多くの反響を呼んでいる。
 助産とこの食卓がどう結びつくか、がこの本のいいところなのだが、サブタイトルが「食卓から始まる生教育」と付いているあたりがヒントとなるであろうか。もちろん、性教育も語るのである。その内容についてはあれこれ言うのを憚っておくことにする。しかし、食べるということが生きることを支え、生きるいのち、その命を生む性というふうに、いのちという中心の周りをまわるようなやり方で、これらの問題は互いに関連し合っているのだという。
 学校の講演にも呼ばれる。思春期保健相談士でもあるからだ。福岡県の子育てアドバイザーとしても活躍している。それだけの要請があるのも、原稿を読んでいくと分かるような気がする。命について、一方的な断定的態度で、一定の価値観を押しつけているわけではなさそうだ。ただ、子どもたちの中から発現する命のエネルギーを妨げないようにするにはどうしたらよいか、悩みつつ知恵を絞り、共感を得ていくように話すばかりである。
 だから、これを聞く大人たちは、涙するという。子どもたちに責任を押しつけないで、大人の責任だという点については揺るがない著者のようであるから、そこで胸を刺されて泣くのかもしれないし、命というものについて、それ相応の経験を重ねてきているからこそ、痛いところを突かれるのかもしれない。
 それでも、子どもたちは必ずしも泣くわけではない。話を少しばかり聞いただけで、子どもたちを変えようという魂胆で講演会に呼ぶ学校には、その旨を伝えるのだという。非常に冷静な判断である。子どもたちの実情は、そんなに涙腺を緩ませるようなことにはならないのが当然である。
 それでも、伝える。まるで福音であるかのように。
 特別に泣かせる話があるわけではないのだが、たしかに経験ある大人たちの心の奥に触れるようなものはあるだろう。ひとりひとりの生活者に対して、著者は、それぞれが考えて行動していくことを求めている。泣いている場合ではない。時は動いている。いのちの行方はどうなるのか、一度落ち着いて考えなければならないのではなかろうか。
 その意味で、考えるためにお読み戴きたい。よい刺激を受けることだろう。生きる力が必要だと偉い人々は言うし、善く生きることをソクラテスは求めた。いのちは、私たちひとりひとりの問題にほかならない。誰もがソクラテスを始めたい。




Takapan
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